人間と言う存在を知り尽くした軍師の兵法の怖さ

司馬懿は城を包囲、じっくり機を伺いますが、いつもの速戦をしない司馬懿に参謀が、以前の猛達との戦いでは、敵を急襲したのになぜ今は戦わないのかと聞きました。

「状況がぜんぜんちがうではないか。あのときの猛達は、兵力こそ少なかったが、一年分の兵糧を蓄えていた。それに対し、わが軍は、軍勢こそ相手の四倍もあったが、兵糧は一か月分しかなかった。一か月で一年分を相手にするんだから、速戦即決以外に策はないではないか。だから、犠牲をかえりみず、兵糧のなくならぬうちにと考えたのだ。ところが、こんどの場合は逆だ。敵は兵力こそ多いが食糧不足に悩んでいる」(書籍『司馬仲達』より)

司馬懿は、敵軍の全体を俯瞰して一番弱い部分に目を付けました。大軍が防衛陣地で遼水にいるのなら、当然首都の襄平は手薄です。しかも兵士は家族を首都に残しており、むざむざと敵に攻撃されるのを見過ごすことはできません。

さらに司馬懿は、魏の遠征軍に対して公孫淵が「大軍をつれてくれば食糧補給は続かず、籠城すれば敵が去る」と思い込んでいる点を逆利用し、進軍に際しては食糧を十分に準備した上で、戦陣が長期間になっても魏軍には問題が起こらないように配慮していました。

遼東への遠征でも、全体を見て敵の弱点を攻め、相手の安易な思い込みや期待を打破する準備をあらかじめ万全に備えて進軍を開始したのです。

敵の弱みに着目する一方で、敵からみた自軍の弱みをあらかじめ補強しておく。こちらを甘く見ていた敵は、予想した弱点を露呈しないこちらに驚くことになり、強みを避けて弱みに殺到するこちらの軍勢に、なすすべなく敗北をするのです。

三国志で最強のダークヒーロー司馬懿は、天才孔明の軍略をくじき、魏を簒奪して息子、孫の代には三国の蜀、呉を滅ぼしついに天下を統一します。敵の弱みをひたすら突く司馬一族の戦い方は、人間の強さと弱さを熟知した上で生まれたものだったのです。

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