「(東日本大震災発災当時、東京電力・福島第一原発の所長だった)吉田昌郎氏は、原子力設備管理部長時代にコストを切り詰め、福島第一の安全対策をないがしろにしたという批判があります。彼を一方的に英雄視する風潮には違和感を覚えました」
物語の主人公“富士祥夫”は“首都電力”に入社。年月を経て“奥羽第一原発”の所長となる。運命の3月11日、奥羽第一原発を大地震と津波が襲い、全交流電源喪失に陥った原発は暴走を始める。
主人公である富士は、震災直後から日本の命運を握ることになった吉田だ。吉田は海水注入中断の命を受けても、独断で続行した。
「吉田さんに関する記事や書籍はすでに多くあるが、生い立ちについて書かれているのは高校時代以降。彼の本質に迫るには、それでは足りないと感じた」
紆余曲折を経て、ようやく小学校時代の同級生に巡り会えたのは取材を開始して1年半後。大阪のミナミに近い松屋町筋の商家のしつけが彼の原点だった。
本書では、主人公の生涯を通してこちらが脱力してしまうような電力行政の迷走が詳らかにされていく。接待ソフトボール、おざなりの安全審査、政治家・建設業者・ヤクザとの癒着、米国や旧ソ連の原発事故を他山の石にできない原子力ムラの体質。取材では吉田の足跡を追って全国を縦断し、青森のねぶた祭や福島の相馬野馬追など、豪華絢爛な東北の祭りも悲劇の背景として描いた。
「小説の形を取ってはいますが、事実のありのままを書くのが僕の流儀。これを読んで吉田氏を英雄と見るか、社畜と見るかは読者の判断です」
(文中一部敬称略)
(東川哲也(朝日新聞出版写真部)=撮影)