1つのレトリック・キーが支配的というわけではなく、2つのキーが拮抗している組織もある。その場合、自分のプロジェクトへの支持を勝ち取ろうとする人は、必ず両方を考慮に入れなくてはいけない。たとえば、ニューヨーク州のW・L・ゴア社の戦略や組織構成は、イノベーションと効率の両方を重視したものでなくてはいけなかった。

デイブ・クラークがゴア社のCIO(最高情報責任者)を務めていたときには、少なくとも40件の事業が資源をめぐって競争していた。

ゴア社はイノベーション主導の企業で、1958年から社内ベンチャー事業の育成に力を入れていた。しかし、このイノベーション重視の姿勢のために、別の問題が生まれていた。「いくつもの事業がベンチャー資本を獲得するために競争していた。その利点としては、市場のニーズに極めて迅速に対応できることが挙げられる。だが、マイナス面もあった。同じ問題を何度も解決する羽目になりかねないのだ。さらに、そうなったとしても、誰もそのことに気づかない」とクラークは言う。

イノベーションと効率の必要性は、マネジャーやエンジニアがビジネス上の問題を議論する際の言葉に染みついていたが、その一方で彼らは、その両方を達成するための実際的なアイデアは持っていなかった。クラークはこう語る。「われわれは『グローバルな協働』だの、『グローバルな製品開発』だの、『アリゾナはドイツが何をしているか知る必要がある』だのと口にしていた」。しかし、クラークがナレッジ・マネジメントを導入するまでは、ゴア社のマネジャーたちにはこうした言葉を実践するための適切なツールがなかった。クラークは、ゴア社でナレッジ・マネジメントが支持されたのは、同社のコミュニケーションで使われる言語の微妙なニュアンスに自分がとくに注意を払ったからだと見ている。

もちろん、組織内で使われる言語のキーと調和していても、受け入れられないアイデアもある。一例を挙げると、ある世界的な製薬企業が研究開発部門で厳密なパフォーマンス測定システムを導入した。このシステムは、「効率」というこの企業の言葉のキーと間違いなく調和していたにもかかわらず、失敗に終わった。自律を好む研究者たちが、それを「スパイ・システム」と呼んで、周到な監視に抵抗したからだ。

 

売り込み方を細かく調整しよう

アイデアの売り込み方を考えるにあたって合わせるべき言語のキーを見極めたら、今度はそのアイデアを組織の嗜好やバイアス(偏向)やビジネス・ニーズを反映した、その企業文化特有の言葉に翻訳しなくてはいけない。あえて単純にまとめると、データ主導型の組織では数字が有効なことが多く、文書中心の企業では情報の管理や交換を容易にするアイデアが好まれる。そして、人材重視の企業ではチームワークやコラボレーションを高めるアイデアが支持される傾向がある。