人材の流動性がチャンスを左右する

あともう一つ私の経験から言えることは、起業家にとって人材を獲得できるかどうかが要だということです。私の事業ドメインにおいては世界から優秀な人材がアメリカに集まってきます。人材マーケットが流動的なので採用しやすい側面があり、会社の成長段階に合わせて組織をつくることができました。限られた資金で会社がここまで成長できたのは、適材を確保し続けることができたからだと言っても過言ではありません。

日本では大企業に人材が流れ、よほどの理由がない限り、終身雇用で安定した大企業をやめて、イノベーションを追うベンチャー企業に移るという意思決定をすること自体が難しい。家族やまわりの人がそれをよしとしないことが多いでしょう。米国では終身雇用がほとんどないために、大企業に勤めていてもリストラの可能性がありますので、ベンチャー企業に勤めるリスクが相対的に日本に比べて高くないと言った背景もベンチャー企業に有利な社会環境だと思います。

私は、この人材の流動性が高い中で育まれたレジリエンスが個々の職の安定につながり、ダイナミックなスタビリティー、動的安定性だと考えています。大企業をやめてベンチャーに行ったり、ベンチャーから逆に大企業に行ったり、会社は変わるものの、仕事の継続性は維持されるという社会がレジリエンスの高い社会だと考えています。異なる環境に置かれることで人は成長しますし、組織にとっても個人にとっても最適なマッチングに至る可能性も増大すると考えます。運良く最初に巡り合った仕事が天職であれば結果として一生同じ会社に勤めるということももちろんあってもいいわけです。

今回は、眼科医であり創業者という立場から、イノベーションエコノミクスにふれてみました。このように自分が置かれた世界を俯瞰して、自分を客観的に分析してみると、見えなかったものが見えてくることもあります。

初めから大きな夢やビジョンを描いてそれを具現化しようと考えるのは相当気の遠くなる話ですが、日常生活の中でできる小さなイノベーションは実践可能です。さまざまな経験を積み学んできた今の自分にできることを棚卸しして、自分の中にある全く違う何かと何かを組み合わせると何が生み出せるのかを考え抜いて試してみるのも、イノベーターとしての道のりを歩みだすことの第一歩になるかもしれません。そして、ものさし代わりに、経済学者が唱える概念に自分を照らし合わせてみるのも面白いのではないでしょうか。

窪田 良(くぼた・りょう)●1966年生まれ。アキュセラ創業者であり、会長、社長兼CEO。医師・医学博士。慶應義塾大学医学部卒業後、同大学院に進学。緑内障の原因遺伝子「ミオシリン」を発見する。その後、臨床医として虎の門病院や慶應病院に勤務ののち、2000年より米国ワシントン大学眼科シニアフェローおよび助教授として勤務。02年にシアトルの自宅地下室にてアキュセラを創業。現在は、慶應義塾大学医学部客員教授や全米アジア研究所 (The National Bureau of Asian Research) の理事、G1ベンチャーのアドバイザリー・ボードなども兼務する。著書として『極めるひとほどあきっぽい』『「なりたい人」になるための41のやり方』がある。Twitterのアカウントは @ryokubota 。 >>アキュセラ・インク http://acucela.jp

 

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