「リオで金」なら、選手村外で祝杯を

練習や試合では、早川HCはよく、左胸を右手でとんとんとたたく。スペイン語で「ヌンカ・セリンダ!(あきらめるな)」と何度も叫ぶ。「とにかく、あきらめるのが早い。だから、折れるな、あきらめるな、と」。大事にしているのは、選手を勝たせるための研究。アルベアルの主な対戦相手の研究ノートは十何冊にもなっている。

2012年ロンドン五輪では、アルベアルは3位決定戦で勝って、銅メダルに輝いた。同国柔道界初のメダルだった。早川HCは通路にうずくまっておいおい泣いた。「オリンピックは特別でした。もうメダルの色はなんでもよかった」。ついでにいえば、アルベアルは試合終了後の礼が綺麗だ、と何人もの日本柔道関係者から褒められた。

2013年、14年世界選手権では70kg級で2連覇を遂げた。今年の同選手権では3位に終わった。来年のリオデジャネイロ五輪は金メダルを目指す。ふたりで優勝シーンはイメージできている。早川HCが言う。

「会場の応援の旗がブラジル色の黄色と緑っぽいんです。カナリア色っていうんですか。すごい歓声ですよ。そこでユリが勝って、コロンビアの旗が一番高いところにあがるんです。選手村に帰っても、やばいですよね。選手村にはお酒がないから、ふたりで外に行って祝杯をあげるのです。泣けるなあ、もう。想像しただけで泣きそうになります」

こんな生き方もある。異国の地での柔道一直線。見返りを求めない愛情。選手の成長にかける情熱、柔道に対するリスペクト……。「毎日が楽しいです」。顔には充実感があふれているのである。

松瀬 学(まつせ・まなぶ)●ノンフィクションライター。1960年、長崎県生まれ。早稲田大学ではラグビー部に所属。83年、同大卒業後、共同通信社に入社。運動部記者として、プロ野球、大相撲、オリンピックなどの取材を担当。96年から4年間はニューヨーク勤務。02年に同社退社後、ノンフィクション作家に。日本文藝家協会会員。著書に『汚れた金メダル』(文藝春秋)、『なぜ東京五輪招致は成功したのか?』(扶桑社新書)、『一流コーチのコトバ』(プレジデント社)など多数。2015年4月より、早稲田大学大学院修士課程に在学中。
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