個人の能力を引き出すリーダーの究極はマイルス・デイヴィス
まずはリクルートである。演目ごとに団員を決める決定権は三澤氏が握る。新国立劇場の合唱団には契約メンバーと登録メンバーという2種類の団員がいる。前者は基本的に40人。(小演目を除き)すべての演目に出る権利と義務を有する。後者は約50~60人。こちらは双方に、出演を依頼する自由、その依頼を断る自由が保証されている。全員、年1回オーディションを受けなければいけない。登録から契約に替わるのは難しいが、自分のソリストとしての活動の自由を得たいために、あえて登録に留まるメンバーも少なくない。
40人のオペラなら契約メンバーで足りるが、それ以上になると、登録メンバーから人を選んで足す。契約メンバーのほうが能力が高いわけではない。「契約メンバーはどんなオペラも平均点以上にこなせる万能選手。他の人と歩調を合わせられる協調性も必須です。
一方の登録メンバーは、声がパワフルだけど、デリケートな音色が出せない人、声量はないけれど、デリケートな表現ができる人といったように、得意分野を持つ個性派が多い。そういう人をパズルのピースのように、うまくあてはめて音をブレンドしていくのです」。
入りたての新人には「どう? 慣れた」、「わからないことがあったら、聞いていいよ」と努めて声をかける。グループでの練習時にはベテランならわかっていることでも、わざと基本を強調する。新人だけを集めた稽古も行う。
ある程度まで慣れてきたら、全員で音合わせだ。その際に大切なことは何か。「1人ひとりが自分の力を十二分に発揮できることです。指揮者である僕がこの音色と強さで、この人はここで力を入れて、この人はここで力を抜いて、というようにまとめるのは簡単なのですが、僕は嫌い。プロ集団ですから、それぞれが個性を発揮しながら、最終的に1つの音にまとまっていくのがいい。僕には理想の音があるんですが、100%それを強制するのではなくて、あえて95%に留め、残り5%を各自のクリエイティビティに期待します」。
三澤氏が理想としている指揮者はマイルス・デイヴィス。彼は指揮者ではなく、正確にはジャズ・トランぺッターであるが、三澤氏いわく、彼は指揮者顔負けの類いまれなリーダーなのだという。「ジャズという音楽は本来は個人プレーの集合体なのですが、マイルスはそこにグループという概念を持ち込んで、インタラクティブなアンサンブルをみごとに形にしたのです。彼は1人ひとりの能力を最大限に引き出し、各人が自分でも信じられないような音を奏でているという魔法のようなことを実現していました。マイルスは一緒にやっていたプレーヤーが彼自身をも超えていくのを明らかに楽しんでいた。究極のリーダーシップです」。
音作りに行きづまったら、団員をうまく導く。たとえば、ピアニッシモ(きわめて弱く、の意)と書かれた個所では音程が下がりがちになる。声を小さくすることを意識すると、音程まで下がってしまうからだ。そういう個所はあえて音程を高く歌わせてみる。
また、落ち着いてうまく歌えているけれど、もう少しきらびやかな音が欲しいという個所はわざと大きく歌わせてみる。こうやって、時には1人ひとりの発声まで踏み込んで指導する。