手術時間が長くなれば患者の負担が増える

作家の五木寛之さんが『養生のヒント』(KADOKAWA)という著書の中で、「生きることはストレスである」とし、次のように書いています。

<生きていることはそれ自体、ストレスになります。そのストレスと対決することで、人間は脳を発達させることができたといわれています>

私自身も、それに押しつぶされない限りは、常に疲労感やストレスがあったとしても次の自分を作る栄養注入になっているわけで、そういうふうに考えればいいのではないかと考えています。五木さんとは対談したこともありますが、どうしても自分のコンディションが整わないときには、例えば締め切りを遅らせてもらうとか、おいしいものを食べて寝るなど調整する努力をしているそうです。私も人間ですから、ストレスに押しつぶされそうになることもあります。そういうときには、例えば会議に出ない、学会の発表を医局員に作ってもらうなど時間のやりくりをして、睡眠時間や自分の時間を確保するようにしています。

また、忙しいと運動不足になりがちなので、研究室から外来診療室や手術室へ移動するときには、できる限り階段を使い、それも一段飛ばしで昇るようにしています。骨粗しょう症の人が一段飛ばしで階段を昇って転倒したりしたら大変なので、まねされないほうがいい方もいると思いますが、一段飛ばしで階段を昇ると、体力作りになるだけではなく、「今日は体が軽い」、あるいは、「かなり疲れているな」などその日のコンディションが確認できます。3~4時間ほとんど立ちっぱなしで手術をしなければならないこともあるので、外科医にとって体力維持は欠かせません。

そのお陰かどうか分かりませんが、患者さんの手術を回避したのは、35年間心臓外科医をやってきて、尿管結石になったときとノロウイルスで寝込んだときの2回だけです。その2回は、対象である患者さんに対してベストな医療が提供できず判断力にも問題がある状態でした。でも、多少疲れている程度なら、そのほうが早く手術を終わらせようとして患者さんにも自分にも負担がかからないように工夫するので、むしろそのほうがいいくらいかもしれません。ある会社に依頼して、冠動脈バイパス手術の手術時間のデータを取ったのですが、私が勤務している順天堂大学医学部附属順天堂医院心臓血管外科の約2倍も手術時間がかかっている病院がありました。手術時間が長くなれば、それだけ患者さんの心臓や体に負担がかかります。「早い」、「安い」、「うまい」をキャッチフレーズに、効率的な手術をしているということは、患者さんにも負荷をかけず、一緒に働いている人にも無理を強いないことにつながるのです。