小説『失楽園』がイスラムで翻訳出版されることはあり得ない

映画にせよ小説にしろ、総じて多いのは戦争もの、スパイもの、歴史ものと呼ばれるジャンルの作品だ。恋愛ものに関して言えば「淡い、サイダーのような」とでも形容すべき作品がほとんどである。

たとえば主人公の若者が、親戚が集まるパーティに参加する。そこに、髪が長くて可愛い親戚の女の子がいて、一目惚れする。パーティを終えた後もその女の子の残像が尾を引いて、恋い焦がれ、彼女とデートしているシーンを思い描くようになる……。

といっても、それはあくまでもイメージの世界の出来事。どこかの街角でばったり出会い、公園を一緒に歩き、木陰でキスをするなどといった現実は起こり得ない。もちろん、キスを含めて性描写は皆無だ。

日本でいえば『青い山脈』や『風立ちぬ』といった往年の作品をもうワンランク淡くしたような純愛路線とでも言える。故・渡辺淳一氏の『失楽園』はかつて中国で翻訳されて大ヒットしたが、そのような濃厚な作品がイスラム世界で翻訳されて出版されたり、映像として流れたりすることはまずあり得ない。

もっとも、デートや性描写といった手法を一切用いずに恋愛作品として成立させるのだから、ある意味、相当に表現のレベルが高いという見方もできるだろう。

日本でもときおり、アラブ各国大使館や文化交流協会などの協力によって『アラブ映画祭』と銘打ったイベントが開催されることがある。さらに、『現代アラブ小説全集』(河出書房新社)なども発売されているので、興味のある方は映像や活字の世界でアラブを体験してみることをおすすめする。

※本連載は書籍『面と向かっては聞きにくい イスラム教徒への99の大疑問』(佐々木 良昭 著)からの抜粋です。

佐々木 良昭ささき・よしあき)●笹川平和財団特別研究員。日本経済団体連合会21世紀政策研究所ビジティング・アナリスト。1947年、岩手県生まれ。19歳でイスラム教に入信。拓殖大学卒業後、国立リビア大学神学部、埼玉大学大学院経済科学科を修了。トルクメニスタン・インターナショナル大学にて名誉博士号を授与。1970年の大阪万国博覧会ではアブダビ政府館の副館長を務めた。アラブ・データセンター・ベイルート駐在代表、アルカバス紙(クウェート)東京特派員、在日リビア大使館渉外担当、拓殖大学海外事情研究所教授を経て、2002年より東京財団シニアリサーチフェロー。2014年からは経団連21世紀政策研究所ビジティング・アナリストに就任。
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