トラブルは減ったが、企業の不安は消えず
では、職務発明の対価はどのようにして決まるのか。職務発明訴訟に詳しい竹田稔弁護士は、次のように解説する。「特許によって企業が得た利益と、発明者の貢献度によって決まります。発明者の貢献度は、利益の5~10%とする判決が多い」
この比率は、発明の内容が、企業が蓄積してきた技術の延長線上ではなく、開発者独自の知見で発明したと判断されればされるほど高くなる。中村氏が得た対価が高額になったのも、そうした理由からだ。
00年代前半には中村氏の訴訟をはじめ、高額の対価請求訴訟が相次いだ。この時点では、研究者が「会社の奴隷」という状態は、判決の面では救済されたと言える。逆に、訴訟を恐れた産業界の要望を受け、04年に特許法が改正された。
「対価の規定について企業と従業員の間で協議して合意できれば、規定通りの額を支払えばいいという条項ができました」(竹田弁護士)
それ以降、職務発明に関する訴訟の件数は減っている模様。本来なら、これで一件落着というところだ。
しかし、企業側の不安はいまも消えていない。企業側は特許を受ける権利を最初から会社のものにするように主張。それを受けて、現在、特許庁は職務発明を法人帰属にする方向で検討している。
職務発明が法人帰属になれば、優秀な研究者が海外に流出するのでは、と心配する声もある。もっとも、職務発明制度については「ドイツが個人帰属、イギリスとフランスは法人帰属、アメリカは原則的に契約で決定」(竹田弁護士)で、法的には、研究者にとって海外がかならずしも有利というわけではない。
優秀な研究者の流出を防ぎつつ、そのやる気を失わせないためには、報奨制度の中身に加えて、起業を容易にすることにより、研究者が研究成果による利益を自ら手にすることのできる環境を整える必要があるだろう。