大事なのは顧客の自己実現を手助けすること

【神田】日本は2020年東京オリンピックを控えています。今後、世界に向けてどのようなロールモデルを示していくべきでしょうか。

【コトラー】東京オリンピックまで待つ必要はありません。まず、日本企業は競合相手を脅威ととらえるのではなく、機会を創出してくれる存在だと考えなければなりません。ソニーはサムスンを「頭痛の種」ととらえるのではなく、「インスピレーションの源」として見るべきなのです。そのためにはまず、変化する消費者と、そのニーズを研究すること。次に変化する競合相手を研究し、彼らが見ている対象を知ること。そして3番目は、日本だけでなく国外にも広く目を向けて、新しいタイプのリーダーを採用することです。

【神田】コトラー先生は企業が成長するうえで、CMO(マーケティング最高責任者)のポストを設けることの重要性を訴えておられます。CMOにはどのような資質と能力が求められるのでしょうか。

【コトラー】CMOの仕事を完璧にこなせるのは、右脳と左脳のどちらも使えるスキルを持っている人です。右脳には創造的なアイデアを生む力があり、左脳には分析に必要なツールが備わっています。優れたマーケティングは新しくて秀逸なアイデアを生み出す力と、ビッグデータの分析から最新のトレンドやセグメントを探知する力を土台としているからです。

しかし、この両方を一人の人間が高いレベルで兼ね備えていることは稀です。能力が右脳または左脳に傾いているCMOは、自分に不足している能力を補ってくれる相手を探さなければならないのが普通です。

【神田】マーケティングとリーダーシップにおいて、コトラー先生が力量を評価している経営者は誰ですか。

【コトラー】アマゾンのジェフ・ベゾス氏は素晴らしい経営者だと思います。ご存じの通り、彼はまず最初に、ネットで書籍を販売するというビジネスを見出し、買う側にとってわかりやすくて使いやすい、購入システムを作り出しました。次に、取り扱う商品を、ほかのあらゆる商品にまで広げました。在庫を自社で持たず、他社の在庫を自社の倉庫に置き、倉庫代を受け取るというモデルも画期的でした。

さらにベゾス氏は、顧客目線の新しいアイデアを次々と打ち出しました。たとえば、リストから選ばせる形のプレゼントを贈る場合、利用者がリストを自分で選んで作ることができる、というような「仕組み」がそうです。顧客は、彼が作ったウェブサイトによって、みずからの手で必要なもの、実現したいものを決めることができるので、それによって「自己実現」が可能になる。この点において、ベゾス氏はまさに、私が言う「マーケティング4.0」を既に実践しているのです。