大学で建築を学び、設計部を希望していた本島さんだが、入社後すぐ営業戦略室(現・マーケティング室)に配属された。営業からプロモーションまで幅広く手掛けていたところ、6年目で設計部に異動辞令が出た。

営業にすっかりなじんでいた本島さんにとっては青天の霹靂ともいえる人事だった。設計士としてやっていくためには、何をおいても一級建築士の資格取得が必須。仕事の傍ら、朝5時起きで猛勉強する日々が始まった。夜の集まりは一切断って、業務と睡眠以外の時間は、ほぼすべて勉強にあてるようにした。

しかし、勉強中も仕事は待ってくれない。設計関連の専門用語が連なる文書を見ても、異動当初は「まるで中国語を読んでいるみたい。何が書いてあるか全然わかりませんでした」。

わからないなら誰かに聞くしかない。しかし、異動して突き当たったのが、設計に各人が深く没頭する「専門家集団」独特の空気だ。それなりのお金も、ある意味人の命すらかかっている設計現場は緊迫していることも多い。そんなときは正攻法で「教えてください」と言っても、「今忙しいから」と言われることもしばしばだった。

そこで、本島さんはまず一人一人を観察して、1日の中で、リラックスしている時間を見つけることにした。

「大きな会議が終わった後など、誰でも必ず受け入れてくれる時間帯があると気づいたんです」

いつもは真面目にデスクに向かっている人が、温和な表情になっているときがチャンスだ。そこを狙って話しかけてみる。

「すみません。ここの数字なんですけれど……」
「ああ、これはね……」

一見怖そうなベテラン設計士たちも、リラックスしているときを狙えば、穏やかな「教え好き」と化すのだ。席を立ったときを逃すまいと足音にも耳をすませる。そのうち足音だけで、誰のものか聞き分けられるようになった。「あ、○○さんが立った。タバコかな、自販機かな、それともコピーかな?」。

すかさず追いかけて自販機やコピー機の前で雑談し、聞きたいことを聞く。本島さん自身はタバコを吸わないが、喫煙ルームにも足を運んだ。

こうやって徹底的に人に合わせるタイムマネジメントは、営業時代に培ったものが土台にある。管理担当者から責任者まで、さまざまな人を巻き込んでいかないと成り立たない現場で、自然と相手が話しやすい時間を見計らってコミュニケーションを取りにいくようになった。

「誰だってドタバタしてるときに話しかけられたら困りますよね。だったら機嫌のいいときを見計らっていけばいい」