市場を動かすのは格付会社ではない

そもそも格付けは相対的な信用リスクの評価に過ぎません。格付けとは、企業や政府が、将来において、借入金の返済などの債務を履行できなくなる蓋然性を、専門家が一定の手法を用いて予想したうえで表現するものです。国の財政状況や企業の財務状況をつぶさに分析しさえすれば正しい答えが出てくるというものではありません。

日本企業の信用リスクを評価するのに、日本語を解さない外国人のアナリストが、英語で入手できる情報だけを頼りに分析し評価するのと、ベテランの日本人アナリストが評価する場合とでは、同じような分析手法を用いても、異なる結論が出るかもしれません。信用リスクの評価は、きちんと行おうとすれば、そう簡単なものではないのです。

格付会社は、アメリカで20世紀初頭に出現し、大手は米国内で100年以上の業歴があります。一方、日本や欧州への進出は1980年代以降で、30年程度の歴史しかありません。こうした経緯から米国系の格付会社が世界各地で大きなシェアを占めていますが、日本では本邦系の格付会社2社も健闘しています。国内市場では、米国系よりも本邦系の格付けが広く使われています。

米国系と本邦系で格付水準が大きく異なる分野や格付対象は、日本国債以外に、日本の金融機関の「劣後債」や東京電力の「一般担保付社債」があります。分析手法の違いや担当アナリストの経験の違いで、大きく異なる評価になりやすい分野です。

米国系だけではなく、本邦系の格付けも利用できる日本市場は恵まれています。複数の異なる見解を持つ格付会社の格付けに接することで、偏った評価を回避できるからです。

EUでは13年6月から、加盟国の国債格付けの発表時期を事前に公表させ、格付けの変更は年3回以下に制限するという厳しい規制強化が行われています。しかし私には合理的な政策とは思えません。

11年にS&Pが米国債を格下げしたとき、米国債は暴落せず、反対に国際価格は上昇しました。同じく12年1月にS&Pが、11月にムーディーズが、それぞれフランス国債を格下げした時にも、フランス国債は暴落しませんでした。

金融市場において、格付会社が絶大な影響力を持っているように思われがちですが、実際にはそんなことはないのです。市場では、日々さまざまな情報が行き交っています。

ムーディーズによる日本国債の格下げは、金融庁の監督下に置かれている日本法人ではなく、同社グループのシンガポール法人に所属するアナリストが決定したものでした(※2)。日本政府や当局の監督権限が及ばない海外の格付会社によって日本国債が格下げされたのが不快だからといって、そうした格付会社を日本の法令による規制の対象にすることは、何の問題の解決にもなりません。必要なことは、自由な格付けを保障し、格付けの多様性を確保する環境整備ではないでしょうか。

※1:日本における格付会社(登録を受けた信用格付業者に限る)の売上高は、全社(5グループ、7社)あわせても、100億円をやや上回る程度の水準に過ぎない。日本における格付会社の実態は、少数の中小企業群であり、業界全体を育成するという視点も必要だろう。
※2:米国系の大手格付会社は、世界各地に多数の現地法人を設置しており、一般的に、複数のグループ会社が共同で格付けを提供している。ムーディーズでは「ムーディーズ・インベスターズ・サービス」として国債の格付けを発表しているが、これは特定の法人を指す名称ではなく世界各地に散らばるいくつかの兄弟会社・子会社の総称である。

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