未知の局面に出合ったときの対応力

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羽生四冠・20代半ばから現在までの戦績 ※2014年度(7月23日現在)●タイトル:4(名人、棋聖、王位、王座)●12勝1敗、.923 出典:日本将棋連盟「週刊将棋」2014年7月23日付号等掲載データをもとに編集部作成

でも、実戦において経験知のある年配棋士が、若い世代の棋士に対して優位かというと、そうともいいきれません。たとえば、20代の私と、40代の今の私が対局したとして、勝つ自信があるかといえば、それなりにいい勝負になるでしょうけれど(笑)、何ともいえません。

若い人には体力も、記憶力もあり、勢いもありますし、冒険ができます。経験知がないぶん、いわば「いいとこ取り」の戦術がとれるわけです。

対して40代の私は、経験知があるぶん、いろいろな選択肢を持ってはいるのですが、それを対局の場でうまくまとめきれるかという問題が出てきます。

ですから、経験知が活かせる局面に立てるか、あるいは経験知を活かせるような局面をつくり出せるかが勝敗のカギになります。

もっとも、激しい社会の変化と同様に、将棋の世界も、本当に最先端のところではものすごい勢いで変化していて、そこをちゃんとフォローするだけでも、かなりの時間と労力を必要としています。

新しい手が編み出されて、それが流行ったかと思うと、すぐに研究し尽くされてしまうという現象が、この15年ほどの間に目立つようになりました。その背景には、やはり情報技術(IT)の発達があります。私がプロになった頃は、棋譜は自分で手書きしていましたし、日本将棋連盟から棋譜をもらうときも、まだ青焼きのコピーでした。

しかし、今は棋譜のデータベースがあるし、携帯やネットで中継も見られますから、昔はプロ棋士の間でだけ知られているような定跡は実戦の中でしか学べませんでしたが、今の若い棋士たちはプロになる以前にそれを身につけています。「知って学ぶ」環境については、今のほうが圧倒的に恵まれているし、全体のレベルも格段に高くなっています。

一方で、大量の情報に触れる機会が多いということは、自分の頭で考え、課題を解決していく時間が少なくなっていくことでもあるので、そこが少し気になります。未知の局面に出合ったときの対応力は、今の若い棋士たちは先輩たちより少し下がっているような気がするのです。