厳しく叱るが人格は否定しない

財界の貴公子は、周囲に人を集め、談論風発の空気をつくり出す名人だった。小林の後任として92年から98年まで富士ゼロックス社長をつとめた宮原明(国際大学副理事長)によると、小林には「目下の者にも気を使わせない、独特の雰囲気」があるという。

部下にしてみれば、トップの前でも萎縮せずにのびのびと報告や意見具申ができるということだ。といっても、ただ甘いだけではなく「基本的にロジカルな人で、議論には厳しい。僕らも仕事では相当、きついことをいわれましたよ」と宮原は苦笑する。

「ただ、人格を否定することは絶対に口にしません。だから、何をいわれてもまったく怖さを感じないんです」

言葉だけではない。ちょっとした態度やふるまいからも、相手に安心感を与えるのが小林流だ。たとえば「(小林は)暑がりなのでネクタイを外すことはありますが、人の話を聞くときは絶対に腕組みをせず、すっとした姿勢を崩しません」(宮原)。すると対面した人は、小林から「信頼されているんだな」という印象を抱く。

77年に企画部長に昇進して以来、宮原は長く小林のそばで仕事をしてきた。公私にわたり、さまざまな場面で小林と行動を共にしたが、驚くことに小林は「誰に対しても態度を変えない」という。背筋を伸ばし、あくまでも丁寧な言葉で語りかけるのだ。

こうした他者への配慮は、ごく若い時期から人の上に立つことで身についた「貴公子ならでは」の挙措といえるかもしれない。誰にでも真似できることではなさそうだ。「少なくとも、僕にはできませんよ」と宮原は笑う。

ただ、努力によっては追いつけそうなところもある。小林はよく手紙を書く。たとえば議論の後、本人が「言いすぎたかな」と感じたときなど、すぐに手書きのメッセージをしたためる。送迎の車の中、新幹線を待つ間……。空き時間を見つけると、小林は便箋にペンを走らせる。

小林自身が選んだ本を、新入社員に一冊ずつプレゼントしていた時期がある。その一冊一冊に、メッセージを書き、署名を添える。

「短い文面ですが、700~800人分ですから、かなりの負担です。奥様によると、自宅に持ち帰り、夜中に書いていたようです」(宮原)。天性と努力とで、貴公子のイメージはできあがっていたのである。