いまなお、経営者・ビジネスマンたちから絶大な支持を受け、その言葉がいまも生きる松下幸之助。このほど『松下幸之助に学ぶ経営学』を上梓した学界の重鎮、甲南大学特別客員教授 加護野忠男氏が、「経営の神様」と称えられる巨人の信念と哲学を語り尽くす。
Q いまなお松下幸之助氏が注目される理由は何でしょうか。
【加護野】2つの面があると思います。まずは不況です。パナソニックという会社の歴史を調べてもらうとわかりますが、同社は不況のたびに伸びてきた。例えば昭和初期の金融恐慌では、倉庫に大量の在庫を抱えて売り上げが半減。普通なら従業員を解雇したり賃下げで生き残りを図るところですが、幸之助さんは工場勤務の従業員を営業に回して苦境を乗り切り、むしろ生産が追いつかなくなるほどの発展を遂げました。幸之助さんはこの種の逸話に事欠かない。それが不況で苦戦しているいまの人々の心をひきつけるのでしょう。
もう1つ、日本企業がある意味で理念喪失、目標喪失に陥っていることも大きい。バブル崩壊以降も日本の企業は頑張ってきましたが、株主主権の尊重という誤った方向に進み、頑張れば頑張るほど企業の元気がなくなっていきました。リーマンショックを経てようやくおかしさに気づき、いま多くの人が会社の存在意義を見つめ直そうとしています。その流れの中で、「会社の目的は社会貢献にある」と言って経営を行った幸之助さんが注目を集めているのだと思います。
かつては「会社は株主のお金儲けの手段」などと愚かなことを言う経営者は誰もいませんでしたよ。オムロンの創業者である立石一真さんは「企業は社会の公器」と言っておられたし、京セラの創業者・稲盛和夫さんも、京セラの目的は「全従業員の物心両面の幸福を追求すること」と言っておられた。いずれにしてもそこには社会的に意義のある理念があったわけです。
おそらく現在の経営者たちも本音では、株主のために会社があるとは考えていないはずです。ところが金融庁や証券市場の圧力を受けて、表向きは「株主のために利益を出す」と言わざるをえない状況に追い込まれている。これでは働いている人も経営者を信頼できません。リーダーの基本は正直さ。現場の人の「何のために働くのか」「本当に大事なことは何なのか」という声に対して、リーダーは真摯に答える必要があるでしょう。