ブラジルW杯でスペイン代表が予選リーグで敗退した。しかも初戦のオランダ戦は5対1の大量得点で敗れた。今大会でもブラジル、ドイツ、アルゼンチンなどと共に優勝候補最有力で、前回W杯覇者のスペイン代表の早期敗退はなぜ起こったのか? スペイン代表監督についての新刊書籍『評伝 デル・ボスケ』の翻訳者であるタカ大丸氏がスペインの敗因を分析した。

ブラジルW杯、まさかのスペイン代表惨敗である。全世界で大会前にスペイン代表のグループ予選敗退を予測した人は皆無であろう。まして、対オランダ戦で1対5、対チリ戦で0対2、2試合合計で1対7という弁明の余地がない大敗である。

今回、プレジデント社から「評伝デル・ボスケ」を翻訳した私に敗因を分析してほしいとの依頼があった。荷も心も重いが、やるしかあるまい。

FWジエゴ・コスタの誤算

今大会で、スペイン代表でFWのレギュラーを勝ち取ったジエゴ・コスタは、ボールに触るたびに強烈なブーイングを受けた。それはプレーにも大いに影響するほどの凄まじいものだった。ブーイングは対戦相手国のサポーターではなく地元ブラジルの観客たちから出たものだった。

なぜブラジル国民は、ジエゴ・コスタにブーイングを送ったのか? それはジエゴ・コスタがブラジル生まれの生粋のブラジル人にも関わらず、今回のW杯でスペイン代表を選択したからだ。

ただ、彼自身は何一つ悪いことをしていない。ジエゴ・コスタは9歳のときに貧しい子供向けのサッカー教室で初めてプレーし、14歳で代理人に見いだされてポルトガル、そしてスペインに渡って花開いた。つまり一度もブラジルで選手として活躍したことがなく、しかもブラジル代表にも呼ばれたこともほとんどなかった。それならばスペイン代表を選択するのは当然ではないか。

私は、かつて清水エスパルスを天皇杯優勝に導いたズドラヴコ・ゼムノヴィッチ元監督を存じ上げている。教え子から戸田・市川・森岡・三都主の4人を日本代表に送り出している名将だ。

ゼムノヴィッチ氏に「ブラジルで生まれて日本の高校を卒業した三都主は日本人か、ブラジル人か?」と聞いたことがある。しばらく黙考したあと、ゼムノヴィッチ氏は「彼は日本人ですね」と答えた。
「何故ですか?」と私は続けて尋ねた。

「三都主は日本で教育を受け、日本的な感性が染みついています。ですから、ブラジル人には当たり前に身についている“マリーシア(ずる賢さ)”がほとんどないですね。そう考えれば、日本人である部分のほうが大きいと思います」

来日して20年近くたつゼムノヴィッチ氏は流暢な日本語で答えた。

ジエゴ・コスタは14歳、つまり三都主よりもさらに早く欧州に渡っているのである。感性がスペイン人に近くても当然ではないか。

ジエゴ・コスタは今期、チャンピオンズリーグの決勝に出場したものの、怪我のため前半9分で交代している。ただ、チームドクターが出場を許可していることから怪我については特段の問題はなかったと言っていい。彼に影響を与えたのは、怪我ではなく、出身地ブラジルの人々からの思いもかけない激しいブーイングではなかっただろうか。

これまでEURO2008、2010南アフリカW杯、EURO2012と主要な国際大会で3連覇を果たしている強力なスペイン代表にジエゴ・コスタが加わればさらに強くなりそうなことは容易に想像がつく。だからデル・ボスケがジエゴ・コスタを今大会のメンバーに選んだのは当然の成り行きであった。

しかし、ジエゴ・コスタ本人もデル・ボスケにも誤算があった。今回のW杯は“ブラジル”開催であるという事実である。

今回の大会が南アフリカやロシアで開催されたものなら、ジエゴ・コスタは本領を発揮しただろう。しかし、今回は“ブラジル”開催だった。ブラジルでジエゴ・コスタは「祖国を捨てた裏切り者」扱いされ、ボールに触れるたびに激烈なブーイングが続くことになった。デル・ボスケもジエゴ・コスタが「ブラジルでブーイングを浴びて殺される」ことまでは計算に入れていなかったのではないか。