そして進学した灘中学時代に、私は山と出合いました。はじめての登山は、体を鍛えようと入部したワンダーフォーゲル部の合宿で行った屋久島。360度の自然に囲まれるという圧倒的な風景に身を置いて「人間も自然の一部なんだ」という思いが湧き起こりました。この体験が、私がライフワークとして登山に取り組むきっかけであり、「もっと多くの人が山を楽しめるようにしたい」という夢の原点です。

私が06年にマッキンゼーに入社したのも、3年半後に退社して登山道具の宅配レンタルを行う「やまどうぐレンタル屋」を起業したのも、そんな夢を実現するための手段でした。

エベレスト登頂を終えた私は、山のよさを広めたい、山を知ってもらいたい、と登山ガイドになりました。私のサポートで標高の高い山に登り、人生観が変わるような感動を味わうお客さんを目の当たりにすると、天職だと感じました。けれども――。

週1回で年間50回。1回20人とすると、私が出会うお客さんの数は、最大でも年間1000人にすぎません。しかもガイド仕事を続けるほどリピーターは増えていきます。「新たに山を楽しむ人を増やす」という目的で登山ガイドを始めましたが、もっと自分の能力を活かせることがあるのではないか、と考えるようになりました。

何から始めればいいか見当もつきませんでしたが、エントリー層のガイドを続けるなかで、登山業界の抱える問題点が見えてきました。一番の問題点は、エントリー層に冷たいこと。販売店、登山道、山小屋……。どこに行っても初心者は肩身の狭い思いをしている。サービスレベルは全体的に低く、それに耐えられない人は来なくていい、という業界構造でした。しかしエントリー層が増えてお金を使わない限り、業界が経済的な面で豊かになることはありません。裏を返せば、こうした不満を解決すれば、一気に山に登る人たちを増やせるはずなのです。

そこで登山業界を変えるために必要なビジネススキルを学ぼうとマッキンゼーへ入社しました。