売り上げの6割、利益の3分の2を占めていた本業が、市場の急変であっという間に赤字事業に転落。そんな時期に社長を任されたら、とんでもない貧乏くじを引かされたと運命を呪ってもおかしくはない。ところが、古森重隆氏はこう思ったという。
「私は、この危機を乗り越えるために生まれてきた」
このように、古森氏の考え方は常に前向きだ。コダックに次ぐ万年2位を余儀なくされ、士気の下がっていた富士フイルムヨーロッパの社長を引き受けたときも、赴任するや「ナンバーツーで満足するな」と現地社員や各国の販売会社を叱咤し意識改革を図る。それだけでなく、自らもまた販売の最前線に立ち、次々とライバルの牙城を切り崩していく。決して妥協せず、弱音を吐かない古森氏の“戦い方”を目の当たりにしたヨーロッパのスタッフは震えあがり、陰で古森氏のことを「日本から来たホンモノのサムライ」と呼んでいたという。
「ビデオテープの価格競争が激化しているときに記録メディアの営業部長に就任するなど、思えば私は若いころから、難しい仕事ばかりやってきたような気がします。でも、どんなに厳しい状況でも、ファイティング・スピリットを失ったことは一度たりともありません」
同じことを言えるビジネスパーソンが、いまこの国にどれくらいいるだろうか。
そして、もうひとつ古森氏が強調するのが使命感。
「私が富士フイルムの社長として、本業消失という史上最大のピンチを克服することができたのは、それこそが社長の使命だと自分に言いきかせ、逃げずに立ち向かったからです。社長だけでなく、部長にも課長にも使命があります。一人ひとりが自分の使命を自覚し、それを果たすために必死に努力する。仕事というのは、本来そういうものなのです」
使命は、組織における責任と言い換えることもできる。「責任をまっとうしようというのが動機となっているから、力が出るのです。自己実現や自分の成長といった個人的な理由では、苦しい場面で踏ん張りが利きません」
『魂の経営』には、幾多の修羅場をくぐり抜けてきた古森氏の哲学や人生が詰まっている。
「この本には、私が50年かけてわかったことをまとめました。30代の人がそれを読めば、あとはそこから自分で足していけばいいのだから、その分人生が効率的になるじゃないですか」
こんなに素晴らしいギフトをもらわない手はないだろう。