シリーズ『ハゲタカ』の鷲津政彦は、従来の経済小説にはないタイプの主人公だ。アメリカで企業買収者として名を馳せた彼は、やがて帰国。日本企業相手に次々と買収を仕掛けていく。
最新作『グリード』では、リーマンショック直前の米国を舞台に、アメリカ経済を長年牽引した名門企業のM&Aを目論む。大物投資家や巨大投資銀行の猛者たちを相手に、食うか食われるかの買収劇が始まる。キーワードは3つのG。グローバリゼーション、グリード(強欲)、グッド(善)だ。「1作目を書いたとき、バブルの崩壊など重くなってしまう話がテーマなので現代風の歌舞伎のような物語を書こうと思いました。いわゆる悪役や個性の強いキャラクターをたくさん登場させて、痛快な話にしたかったのです」
作品の狙いを、真山仁氏はこう語る。主だった登場人物のなかでも、やはり傑出しているのが鷲津だ。どんなときにも、冷静沈着に事に当たり、計画を進めていく。獲物を見つける鋭い眼、瞬時の判断力と素早い行動力に加え、最後まで食らいつく貪欲さを持つ。
真山氏は「この貪欲さこそがグリード、つまり強欲です。アメリカ人の多くは『強欲は善』と考えており、それがアメリカンドリームの原動力となって、世界経済を席捲しました。しかし、サブプライムローンで躓きます」と説明する。
物語のなかで、買収を仕掛けた会社に乗り込んだ鷲津は、その応接室から夕陽を眺める。そして「陽は沈み、陽は昇るという言葉が、アメリカ人は好きだな。だが、この先しばらくの間、全米の金融家と投資家は2度と朝日を拝めないと怯えまくるんだ」とつぶやく。
未曾有の金融危機で窮地に陥った米国の象徴に仕掛けたM&Aだけに、アメリカ国民からも強烈なバッシングも受けかねない。だが、それも覚悟のうえの行動だ。真山氏は「言い訳をしない。日本はいま、鷲津のような“強い男”を待望しています」と説明する。
とはいえ鷲津は、必ずしも欲得だけでは行動しない。成熟し、行き詰まった資本主義のなかで、あいかわらず既得権に安住する権力者、窮地に陥っても、何ら対策を打てない無自覚な経営者たちへ鉄槌を打ち下ろすという厳しさも併せ持つ。
ただ、彼が単なる猛者でないのは、買収後の企業再建の展望をも、最初から計画しているところだ。そこに“大人のゲーム”の真髄がある。