「アカデミア発」の創薬を目指す

脳波を見てみると、普通ならノンレム睡眠を経てからレム睡眠に入るのに、オレキシンのないマウスはいきなりレム睡眠に入っている。これは人間の睡眠障害の一種で、突然強い眠気に襲われるナルコレプシーとまったく同じ症状だった。その後の調べで、ナルコレプシー患者のほとんどにオレキシンがないことが判明。つまりオレキシンは覚醒状態を維持する役割を負っていたのだ。

ということはもしオレキシンの作動薬ができれば、眠気を抑える作用が得られ、ナルコレプシーの特効薬となるのは間違いない。ナルコレプシー以外にも、睡眠に異常を起こすうつなどの精神疾患、時差ボケ、夜間労働などにも効果が期待できる。またオレキシンが脳内にたくさんできると高脂肪食を食べても太らないため、メタボ抑制や生活習慣病予防につながる可能性がある。実現すればアカデミア発の創薬として大きな成果をあげるだろう。

今年の夏には、米国の企業が開発した「スボレキサント」というまったく新しい睡眠薬が世界に先駆けて日本で発売される見通しだ。これはオレキシン作動薬とは反対に、過剰なオレキシンをブロックして睡眠を誘導する薬。柳沢氏はこの開発には直接関与していないが、オレキシンの生みの親として成果を喜ぶ。

「今までの睡眠薬は、脳に麻酔をかけていたようなもの。脳波を見ると自然な眠りではありませんでした。それに対してこの新薬は、ごく自然な眠りが得られることがわかっています。この先、私たちの目指すオレキシン作動薬ができれば、この2つの薬は多くの睡眠の悩みを解消するのに貢献するでしょう」

筑波大学教授 柳沢正史
1988年、筑波大学大学院基礎医学系博士課程修了。91年、米テキサス大学サウスウエスタン医学センター准教授兼ハワード・ヒューズ医学研究所准研究員に就任。2003年、米国科学アカデミー正会員選出。10年、内閣府の最先端研究開発支援プログラム(FIRST)に採択され筑波大学に研究室を開設。12年、世界トップレベル研究拠点プログラム(WPI)に採択され、筑波大学に国際統合睡眠医科学研究機構(IIIS)設立。現在、機構長を兼任。
(澁谷高晴=撮影)
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