イノベーション産業の成長は、グーグルのような企業に勤めている人には朗報だろうが、ハイテク関連以外の仕事に就いている人にはまったく無関係だ――そんなふうに思っている人が多いかもしれない。高度な技能をもたない人はとりわけ、自分には縁のない話だと感じていることだろう。先進国でも勤労者の過半数は大学を卒業しておらず、ましてやハイテク分野で働くわけではない。それなのになぜ、あらゆる人がイノベーション産業のことを気にするべきなのか? 実は、イノベーション産業の成長により恩恵を受けるのは、ハイテク企業に雇われる高学歴者――科学者やエンジニア、新しいアイデアのクリエーターたち――だけではない。この種の業界で働いていない人や、高度な技能をもっていない人も含めて、あらゆる人がその恩恵に浴する。どうして、そんなことが起きるのか? 理由は2つある。
イノベーション産業が先進国の雇用に占める割合は、いまだに小さい。重要性が急速に増しているとは言っても、すべての雇用の過半数を占める日は今後も訪れないだろう。ほとんどの先進国の経済では、雇用の3分の2を地域レベルのサービス業が占めている。教師や看護師、小売店やレストランの店員、美容師や弁護士、大工や心理セラピストなどの仕事だ。この点は、アメリカでも日本でも、ヨーロッパでも変わらない。しかし、地域レベルのサービス業は、雇用の大多数を生み出してはいるが、繁栄の牽引役にはなりえない。ほかの産業に引っ張られて経済が繁栄してはじめて、サービス業が栄える。人々の生活水準を向上させるためには、労働者の生産性を引き上げる必要があるが、サービス業の生産性は大して変わりようがないからだ。心理セラピストがセラピーをおこなうのに要する時間は、フロイトの時代からさほど変わっていないだろう。美容師が髪を切り、整えるのにかかる時間も、レストランで客の世話をするために必要なウェーターの数も、昔とあまり変わっていない。
50年前、経済の生産性向上を牽引していたのは製造業だった。製造業があらゆる産業の労働者の賃金を引き上げていたのだ。その役割は、製造業からイノベーション産業にバトンタッチされた。ほとんどの労働者の賃金増は、いまやイノベーション産業の首尾にかかっている何十年もの間、経済の繁栄のエンジンであり続け、あらゆる業種の労働者の生活水準を向上させる役割を一手に担ってきた製造業が縮小しはじめたことは、社会にとって重大な問題だ。だからこそ、それに代わるイノベーション産業の成長が切実に必要とされているのである。それは、この産業の雇用だけでなく、国の経済全体に大きな影響を及ぼす。