だから台湾の人材が優秀かといえば、皆が皆そうではないのは、どこでも同じだろう。世界のどこでも活躍できる能力を持つ台湾人もいれば、そうではない人もいる。当然、人数的には後者が多いわけで、そういう人たちはサービス貿易が自由化されて大陸から中国人が流れ込んできたら自分たちの職が奪われるのではないかと心配になっている。競争力のない日本の農業が自由化を拒否するのと同じ心理で、国会を占拠した学生に共感した一般市民や一般学生の心情にもそれは少なからずあっただろう。

では本当にサービス業まで開放すれば、「大陸からやってくる」のかといえば、私はまずこないと思う。

中国経済といえば、製造業による輸出主導型から内需型に変わりつつあり、サービス業に従事する労働人口が60%を占めるまでになっている。それに中国には100万人都市が250ぐらいあるから、そのインフラをサポートするのも人手がかかる。製造業、サービス業もすでに人手不足で、中国本土の賃金もこの10年で5倍以上になっている。本土で十分に稼げるのに、わざわざ競争の厳しい台湾に渡って勝負しようというお人好しの中国人がどれだけいるだろうか。今の中国では人事評価で給与査定をすることは許されていないので、人並みに仕事はするが頭ひとつ抜け出そうと頑張る人は少ない。10年前と比べて中国の労働者は弛みきっているのだ。

台湾の株式市場はあまり株価が高くならないから、「自由化すると時価総額の高い中国企業に乗っ取られる」と警告を発する経営者もいる。これも要らぬ心配で、ギリギリ黒字の台湾企業を買収して経営しようなどというのんきな中国人経営者はいない。技術の高い台湾企業を欲しがるだろうが、すでに中国本土で荒稼ぎしているような台湾企業はガッチリ買収防止策を講じている。

21世紀は「人材の戦い」だから、今の中国の状態では台湾と勝負にならない。台湾が中国を恐れる理由は何もないのだ。しかし、中国本土の状況や台湾企業の大陸での成功物語を正しく理解している台湾人がそれほど多くないために、中台関係が深まれば深まるほど今回のような事件が起きる。

大陸で成功した台湾人は、自国で絶対に自慢しない。「何で自国に(再)投資しないんだ」と非難されるからだ。民進党の時代には特にその傾向が強かった。今のところ台湾の圧勝に終わっている中台経済関係の実情が伝わりにくいのはそういう背景があるからだ。