そういう修行の生活が現代に生きる私たちにも可能かといえば、十分可能です。出家は修行を効率化するための手段ですが、出家しなくても修行はできます。

たとえばアメリカでは、仕事を終えたあと、夜、暗くした部屋でスタンドの明かりだけをつけて瞑想する「ナイトスタンド・ブディスト」と呼ばれる人たちが約300万人もいると推定されています。これは日本のビジネスマンにも応用できるでしょう。たとえば会社でイヤなことがあった日。酒を飲んで忘れてもいいけれど、それでは何も変わらない。それよりも1日の終わりに静かに瞑想して、その日にあったいろいろなことを再解釈する時間を持つ。こんなことがあったけれど、別の見方をすればこんなふうにもとれるな……とその出来事をきれいに濾過していけば、少なくともストレスを翌日に持ち越すことはない。やがてそれが習慣になり、瞑想しなくても自然にそう考えられるようになれば、幸せになれるのは間違いありません。

もし悩みを抱えるビジネスマンに、仏教が何か提言できるとするならば、「今の世の中の価値観とは違う、別の価値観もあると知っておいてください」ということです。たとえば企業の価値観に沿って生活するうちに、壁にぶつかることもあるでしょう。企業のあり方や世の中の仕組みはすぐには変えられませんが、自分の価値観を変えることで、今まで苦しみだと思っていたものが苦しみでなくなる可能性はいくらでもあります。

私はよく、「仏教とは心の病院である」といいます。病院は健康な人を無理やり治療することはしません。でも具合が悪くなったら誰でも受け入れてくれる。病院の目的は患者を増やすことではなく、病気を治すことだからです。仏教もその目的は信者を増やして勢力を拡大することではなく、困っている人を救うこと。だから無理な布教をしないのです。

いざというときのために近所の病院の場所を覚えておくように、苦しみから救うために仏教があるということを、心にとめておいてほしいと思います。

花園大学教授 佐々木 閑
1956年、福井県生まれ。京都大学大学院文学研究科博士課程満期退学。カリフォルニア大学バークレー校留学を経て、現職。主な著書に『日々是修行』『NHK 100分de名著ブックス「ブッダ 真理のことば」』など。
(構成=長山清子 撮影=若杉憲司)
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