「9.11」の大嵐を創造のチャンスに
2001年9月11日夜、自宅で入浴をしているときに、ニューヨークでとんでもない大事件が起きている、と妻が知らせてきた。「9.11」と呼ばれる同時多発テロだ。ハイジャックされた中型機2機が、乗客を乗せたまま、マンハッタン南端の世界貿易センタービルに激突。超高層ビルが炎上し、崩壊する。別の旅客機は、首都ワシントンの国防総省本庁舎(ペンタゴン)に突入し、もう1機が地上に墜落した。
衝撃の映像に驚きながら、日本への、そして勤務先の安田火災海上保険(現・損害保険ジャパン)への影響を考えた。頭に浮かんだのは、合併相手に決まっていた日産火災海上保険と大成火災海上保険のことだ。両社は、航空機保険の再保険を、かなり受け入れていた。利幅は大きいが、いざとなると、大変だ。両社に巨額の保険金の支払いが及び、合併に影響が出るかもしれない。頭の中が、ぐるぐると回転し、眠るどころではない。合併推進役の統合企画部長で、45歳のときだった。
懸念は当たる。算出された再保険の支払額は、両社とも744億円。大成火災は事実上の債務超過に陥って、2カ月余り後、会社更生法の適用を裁判所に申請して破綻する。
社内から「合併は中止すべき」との声が出た。経済界も注目した。だが、「前進」を献策する。とりあえず3社の合併は解消するが、日産火災と2社で合併を進めたうえ、大成火災を事実上買い取って3社合併にこぎつける、との案だ。合併を断念し、それぞれ単独で生き抜いていくには、経営環境が厳しい。1990年代後半の金融危機を経て、金融界は、すでに再編の嵐の中にいた。
それに、もう後に戻れないほど、手の内を見せ合っていた。また、相手の苦境を理由に合併をやめたら、メディアなどは「安田火災は2社を見捨てた。非情だ」と批判し、会社の評価も落ちるだろう。さらに言えば、相手側にも社員がいて、家族もいる。答えは、決まっていた。社長も「やっぱり、やろう」と、早々と結論を出してくれた。