広告は怪しいが、実際の撮影だった
いや、絶対に危険だろ。どう考えても。今なら、真っ先に詐欺を疑うたぐいの広告である。
……と思うのだが、千代は運がいいのか、怪しい広告から本物を引き当てている。たどり着いたのは、のちに溝口健二監督の『唐人お吉』などに主演する梅村蓉子の作品だった。
ただ、何の撮影だったのかははっきりしない。千代は「野外劇」と書いているが、映画だったのか舞台だったのかは判然としない。『宇野千代 ちょっと自伝』(マガジンハウス、2026年)には、子供雑誌の口絵の撮影だったという記述まで見える。本人の記憶がこれだけブレていて、日給80銭に目がくらんでいたのだから無理もない。
いずれにしても、集められた女性たちの真ん中に本物のスターがいる光景は、田舎出の千代には衝撃だった。だが、本当の衝撃は衣装のほうである。
西洋風の下着というものを、千代はこの日、生まれて初めて見たのだ。
ああ、それに、この、お姫さまの家来の蝶々の衣装は、何て蝉の羽のやうに薄くて、すけて見えるのでせうね。私は、昔の田舎の娘である私は、西洋風のズロースなぞ、夢にも知りませんし、ましてそんなものを穿いたりしてはいないのです。私はながいこと木の蔭でまごまごしていました。ほかの人たちはどうしているのでせう。いえ、たぶん、女優さんになりたいと思ったりするハイカラな娘なら、みんな、あのズロースといふものを穿いていることでせう。私は決心しました。私はお腰を巻いたままその上から、薄い蝶々の衣装を冠りました(『私のお化粧人生史』中央公論社、1955年)。
2度目の撮影には行かなかった
「私は決心しました」と、力強く書いている。しかし、どうみても何も決まっていない。
つまり、透けた衣装になぜか腰巻きの色が浮いてる?? とても朝8時の連続テレビ小説では見せられない光景だ。
……要するに、腰巻を外しても地獄、外さなくても地獄だったのだ。逃げ場がない。
それでも千代は、木陰から出ていく。日給80銭のためである。やると決めたら、とにかく前に出る。透ける衣装の下が腰巻だろうが、関係ない。この腹の括り方だけは、さすが千代というほかない。
しかし、やっぱり純情だったのか。次の日曜日にもあるというモデル写真には、結局行かずに終わったと記している。
だが、どうだろう? 「日給80銭、即日採用、面会は写真館」である。冷静に考えて、こういう話は一度目が無事でも、通ううちに話が変わってくるものではないか。二度目、三度目の先に何が待っていたのかは、誰にもわからない。……そう考えると、行かずに済んだ千代は、やはり運がいい。

