充実感のない毎日をどう変えるか

自分にとって大事なものと引き換えに、絶大な力を手に入れる。これは小説や漫画でもよく見られる設定です。こうした行為は「悪魔と取引する」「悪魔に魂を売り渡す」などと比喩的に表現されますが、このモチーフを扱った古典で最も有名なのは、19世紀ドイツの作家ゲーテによる『ファウスト』でしょう。

全編を通して韻文で書かれた戯曲であり、二部構成の大作なのでとっつきにくいと感じる人もいるかもしれませんが、近年は読みやすい新訳がいくつも出ています。今回は手塚富雄氏の訳による中公文庫版を取り上げますが、池内紀おさむ氏が散文風にアレンジした集英社文庫版も平易な文章で楽しく読めるので、自分に合ったものを手に取っていただければと思います。

物語の主人公であるファウスト博士は、15世紀から16世紀頃のドイツに実在した錬金術師の伝説を下敷きにゲーテが創作した人物で、第一部は彼の独白で幕を開けます。いわく自分は哲学も法学も医学も神学も研究したのに、ちっとも賢くなっていないし、世界が何たるかを知ることもできていない。あらゆる学問を究めたはずなのに、人生の充実感を得られず失望している様子が伝わってきます。

皆さんも似たような経験があるかもしれません。仕事で様々な経験を積み、知識も増えたはずなのに、なぜか自分の人生が退屈に思えてしまう。特に一つの会社に長く勤めていると、その環境に慣れきってしまい、新鮮さが失われて毎日がつまらなく感じることもあるでしょう。それによって向上心や意欲さえ失われてしまったら、ちょっと寂しい気がします。

そんなファウストの前に悪魔メフィストフェレスが現れ、死後の魂と引き換えに人生のあらゆる快楽を体験させてやろうと取引を持ちかけます。自分が死んだ後の世界になど興味がないファウストは取引に応じ、本作で最も有名な台詞を口にします。

おれがある瞬間に向かって、
「とまれ。おまえはじつに美しいから」と言ったら、
きみはおれを鎖で縛りあげるがいい、
おれはよろこんで滅びよう

このまま時が止まってほしいと願うほど美しいと思える瞬間が自分の人生に訪れたら、悪魔に魂を差し出してもいい。こう言い放ったファウストは、快楽どころか憎悪や苦痛も含めて全人類が体験すべきものを味わい尽くしたいと要求します。ファウストの望みは自我を超え、人類そのものと運命を共にしたいという壮大なものでした。

悪魔と取引したファウストがまず何を味わったかというと、恋愛の享楽と悲哀でした。悪魔の力で若返った彼は、10代の少女マルガレーテと恋に落ちます。ところが、少女はファウストと関係を持ったために次々と不幸に見舞われるという悲劇的な展開で、第一部は幕を閉じます。さらに第二部では、ギリシャ神話の世界から絶世の美女である女神ヘレナを呼び出し、またしても彼女と恋に落ちるという展開が繰り広げられます。

あらすじだけを聞くと、あんなに壮大な野望を語っていた割には、女性にモテる話ばかりで随分と世俗的じゃないかと思うかもしれませんが、本作を終盤まで読み進めれば、これもファウストにとって必要な紆余曲折うよきょくせつだったとわかります。実は第一部が始まる前の序曲において、神が「人間は努力するかぎり迷うものだ」と語る場面があります。向上心を持って努力する人間ほど、どこが本当に目指すべき場所なのかと迷いながら生きていくものなのでしょう。

仕事の捉え方を変えてみよう

では迷い続けたファウストが最終的に望んだのは何か。それは偉大な事業を成し遂げることでした。嵐のたびに人間の土地を飲み込む海を岸から退けたいと考え、海岸を埋め立てる公共事業に情熱を注ぐのです。

おれは何百万人のために土地を開くのだ。
安全ではないが、働いて自由に暮らしてゆける土地だ

この事業に全身全霊を捧げると誓ったファウストは、ついにあの言葉を口にします。

(構成=塚田有香 イラストレーション=米山夏子)

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