「一食入魂」の本当の意味

ただ、ここで強調しておきたいことは、「一食入魂」の精神は、決して毎回、美食の極みを尽くしたものばかり食べましょうという提案ではないということです。

「手を抜かず、いまこの瞬間、おいしいと思えるもの、この状況で食べられるものを探そう。そこにたどり着こう」というのが本質です。

たとえば、「今日のランチはコンビニのお弁当だ」となったとしても、ただなんとなく「これかな」じゃない。私などは、コンビニへ行ったら行ったで、かなり熟考するタイプです。

「このおにぎりを買おうかな、こっちのパンも捨てがたいな。いやでも、これだと飲み物が難しくなるなぁ」「肉まんが食べたいけれど、サンドイッチも捨てがたい」とか、そうやって迷うことすらも、楽しさにつながります。

食に迷うのは「幸せなこと」

私は、迷うことは幸せなことだと思っています。

世の中には迷う選択肢を持てない人がたくさんいるわけで、そういう中にあって何を食べようか迷える暮らし、迷える社会で生きている我々というのは、ほんとうに幸せだと感じるのです。

「今日のランチは何を食べようかな」

こんなとき、年をとっていればいるほど、あと何回食べられるかわからない貴重なランチで、大いに迷う楽しさを味わうことができます。

少し大げさに言えば、迷っているその時間すら、愛おしく感じられるのではないでしょうか。