目指すは、次回の2016年リオデジャネイロ五輪での世界トップ3入り――実は今、日本オリンピック委員会(JOC)では、こんな“野心的”ともいえる目標を掲げ、さまざまな強化策が展開されているが、この目標達成のため「スポーツ・インテリジェンス」の分野で指揮を執るのが、著者の和久さんである。

ちなみにスポーツ・インテリジェンスとは、相手選手やチーム、試合環境、使用器具などを徹底的に調べ上げるだけにとどまらず、ライバル国の強化策を評価分析したうえで、JOCなどへ強化策の提言を行うほか、必要ならば新規のプロジェクトを興し、施策の実行にまで関わるというもの。「いわば、オリンピックに代表される国際競技で“勝つための情報戦略”のことです」と和久さんは言う。

本書は、そんなスポーツ・インテリジェンスのエキスパートである著者の、長年にわたる“情報戦”の最前線での戦いの記録と、そうした戦歴を通じて体得したという、情報との向き合い方を著した一冊である。

とはいえ、著者は本来、アスリートのコンディショニングなどを専門とするスポーツ医科学の研究者。インテリジェンス部門に携わるようになった当初は文字通り手探りの状態が続いたそうだが、次第にインテリジェンスというものの“妙味”に目覚めていったという。

「一般にインテリジェンスというと、何か陰湿なスパイ合戦を想像されるかもしれません。しかし、インテリジェンスは“盗む”ものではなく、実はギブ・アンド・テークが基本なのです」

というのも、各国が“メダルを獲りにいく”種目として設定するプライオリティスポーツ(重点強化種目)が何なのかといった一見機密情報と思える情報も、各競技団体のホームページで会計予算を確認すれば一目瞭然だったりするように、実はほとんどの情報は公開されているものだと著者は言うのだ。

「ならば、そんな程度の情報を隠すため汲々とせず、必要な情報はギブ・アンド・テークで共有し合う。その代わり、収集したデータや生情報を、次に取るべき行動のための情報という、すなわちインテリジェンスという言葉が本来意味するものへと昇華させるという、その知恵比べのレベルで互いに競い合う。各国のスポーツ・インテリジェンス関係者は、そんな戦いを日々繰り広げているのです」

もちろんスポーツとビジネスはイコールではない。それでも“勝つ”ための情報戦略に携わる者に求められる知見と感性を知るうえで、本書の意義は決して小さくないはずだ。

(薈田 純一=撮影)
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