1964年の東京オリンピックで金メダルを獲得した女子バレーボールチーム「東洋の魔女」。そのほとんどは大日本紡績貝塚工場の女性社員だった。なぜ「一企業のチーム」が日本代表となりえたのか。新雅史さんは「偶然ではなく必然だった」と語る。
「日本におけるバレーボールは、工場の生産効率を上げるために企業が普及させたものです。当時、集団就職で上京した若い女性の高い離職率が大問題でした。都会に出てくると数年で辞めてしまう。このため気軽で楽しく仲間意識が高まる健康的な余暇活動としてバレーが奨励されました。実際、スポーツが盛んな工場ほど生産効率は高かった」
当時、繊維工場などでは低学歴・低賃金の「女工」の労働力が欠かせなかった。ただし「魔女」は勝つチームづくりのため高校バレーの有力選手で組織された。彼女たちは「選手」と「女工」の間の存在として、朝6時頃に起き、午後3時半まで働き、さらに午前0時まで練習を重ねた。過酷な日々を支えたものは「寿退社」という夢だ。
仕事と練習を両立すれば、女工から清々しく解放される。金メダルをとれば、「低学歴の単純労働者」といった世間の冷たい視線を見返すことができる。そうすれば、一般の女工も「あの工場で私は働いている」というプライドを持てる。だから彼女たちは一丸となれた。事実、金メダルを獲得すると、多くの「魔女」は半年から数年で結婚し、競技生活から引退している。
「アスリートのように記録を追い続けるだけがスポーツではないと思うんです。生産効率を上げることや結婚退職をするためのスポーツもある。『動機が不純』『余暇が管理されている』などと批判する人もいますが、そもそもビジネスとスポーツは未分化。むしろそれぞれのはみ出した部分に、その時代の文化が表れると考えています」
前著『商店街はなぜ滅びるのか』は、酒屋の息子として育った新さんが日本の商店街の独特の成り立ちを示したうえで、立地に甘えた緩慢経営で滅びていくさまを冷静に記した名著である。本書と共通するのは、時代とともに変容する「働き方」から、人々が抱く希望のありかを探るという手法だ。
2020年夏季五輪は56年ぶりに東京で行われる。開催までの7年で日本はどう変化しているだろうか。女性に限らず、多様な働き方が当たり前になっているなら、希望のありかもまた多様になっているはず。今よりも少しは生きやすい社会になっているといい。次は新さんにその経過を追う現在進行形の研究を期待したい。