「鬼塚ビジネスモデル」の原点

それからというもの、毎日午後3時になると喜八郎は神戸高校の体育館に足を運び、部員たちが練習する横で球拾いをしながら選手のフットワークを研究しはじめた。同時に、松本からアメリカのバスケットボールの手引書の翻訳を借りて、競技特性を理論的に学んでいった。そこで繰り返し試作品をつくり、神戸高校の選手に履いてもらって感想をヒアリングした。

ところが、これもなかなか厄介で、どれだけよいシューズがつくれたとしても、食の好みと同様、細かいところの感じ方は人それぞれである。極端にいえば、「万人が認めるシューズ」は存在しない。

すべてが個別具体という事実を、シューズという一つの商品にどう収斂しゅうれんしていくのか。選手それぞれの微妙に違う反応を克明に記録し、それを根気よく改良していくという後年のオニツカタイガーのビジネスモデルの原点は、この神戸高校での喜八郎の経験にあった。