アランは、パリの名門校などフランス各地の高校で、哲学の1教師として生涯を貫いた人物。本名はエミール・シャルチエ。1高校教師でありながら社会的な事件に対して積極的に発言し、政治活動や講演活動にも参加。新聞への寄稿も精力的に行い、連載した文章は膨大な数に及ぶ。
『幸福論』はそんなアランが、第1次世界大戦前後に執筆した文章のなかから、「幸福」をテーマとしたものを集めて編纂した書だ。プロポ(断章)と呼ばれる、短くて独立したコラム的な形式で書かれているのが特徴で、『幸福論』は93編のプロポから成っている。
形式の斬新さだけではなく、内容も難解で観念的な哲学書とは異なり、一見平易な言葉で書かれた思索の本となっている。日常生活の具体的な事柄を例に幸福になるための指針やヒントが語られていて、日本でも長年多くの読者に親しまれている。
獣医で熱心な読書家だった父親の血筋を引いたアランは、理系が得意な少年だったが、18歳で入学したパリの高等学校で哲学に目覚めたと他の著書のなかで記している。影響を受けたのは、ギリシャの哲学者プラトンやオランダの哲学者スピノザだという。83歳没。『 幸福論』の初版は1925年、アラン57歳の年に60編のプロポで出版。その後に加筆された。
美しいエッセーのような哲学書
――解説●諏訪中央病院名誉院長・鎌田 實
アランとの出遇いは学生時代です。いろいろな哲学書にとびついてみたなかで、『幸福論』は「これが哲学書?」と思うくらい平易な言葉で綴られていて、美しいエッセーを読んでいるような感覚で読み進めることができました。
いまでも旅に出るときには文庫版を手にし、適当に開いたページを読み直したりしています。各章が短い文章で構成されていますし、どこから読み始めても、「なるほど」と、自分の最近の言動をふりむくきっかけになるような1行が含まれているからです。
あるとき、忙しさのなかでつい患者さんを強い言葉で叱ってしまったことがありました。糖尿病の患者さんで、食事やお酒について、何度同じ注意をしても守れなかったからです。