そんなときに列車のなかで開いたページで、「不機嫌という奴は、自分に自分の不機嫌を伝えるのだ」という言葉に出遇ったのです。自分のなかにあった不機嫌を患者さんにぶつけても、少しも心は晴れません。むしろ、ますます不機嫌さが増してしまったことを思い出しました。互いに嫌な気持ちだけが残りました。自分に自分の不機嫌を、さらに伝染させたわけです。

アランは「伝染」ということに重きを置いています。喜びも悲しみも上機嫌も不機嫌も伝染するというのです。

幸福にとって上機嫌でいることが大切だと説くアランは、「これこそみんなの心を豊かにする、まず贈る人の心を豊かにする(後略)」「贈り合うことによって増えて行く宝である」と言っています。そして、たとえばレストランのボーイに「ひとこと、親切なことばを、心からの感謝のことばを言ってごらん」と書いています。

ビジネス街で忙しく働く人なら、昼食にラーメンを食べたあと、レジで「ごちそうさま。美味しかった」と一声かけてみればいいのです。それは相手にかける言葉ですが、回り回って自分を幸せな気持ちにもしてくれるはずです。機嫌のいい所作が自分を幸福にしてくれるでしょう。

一方、「憐れみについて」という章には、こう書かれています。重病人を見舞ったときに、親切心や同情から心配する口調や表情を示すのは、「そのたびに(病人に)悲しみを少しずつそそぎかける」ことになると。それは悲しみを伝染させていることだというのです。

大切なのは、むしろ病室に元気さを持ち込むことだとアランは言います。

「生命の力こそ、彼に与えねばならないのだ」「病人は自分のせいで人のよろこびが消されはしないのを見れば、その時彼は立ち直り、元気になるのだ」と。

かりに病人が職場の上司なら、礼儀としてのお見舞いのあいさつをしたあとは、「新人のA君はあいかわらずドジですが、偶然大きな契約をとったんですよ」などと笑いを誘うような話題のほうがいいということ。