氷河期世代が抱える「二重の不遇」
しかも、叩かれている中年男性=いまの日本における40代から50代前半の男性は、いわゆる「就職氷河期世代」にあたる。1700万人から2000万人にのぼるとされる就職氷河期世代は、世界経済フォーラムの記事にも言及されるほど、いまも非正規雇用や低賃金の仕事に就いている人が少なくない。
働き方が不安定だから、給料も上がらない。第一生命経済研究所(当時)首席エコノミストの熊野英生氏によれば、20代・30代の所定内給与が5年前に比べて1割以上上がっているのに対し、就職氷河期世代にあたる50~54歳の年齢層はマイナスになっているという。
いまの中高年は、若い頃にバブル世代のような恩恵にあずかれなかった。挙句の果てに中年になってみれば、若い世代の待遇は良くなっているのに、自分たちだけが置き去りにされたままである。
お金の面での不遇にとどまらない。上の記事にあるように、中年男性とあれば、たとえば、数年前に話題になったLINEの「おじさん構文」のように、いくら叩いても良いとでも言いたげな風潮に巻き込まれる。
労働や給料で割を食い続けただけではなく、世間からもバカにされる。これを二重の不遇と呼ばずして、何と呼べば良いのだろうか。
その反動のように、テレビ東京では「※女性は見ないでください」という、(中年に限らない)男性の本音をのぞき見るような番組が放送された。タイトルからして開き直りというか、愚痴を吐き出す場所を確保したいだけのようにも映るものの、「男のほうが賢い」といった出演者の発言が「炎上」したと報じられた。
経済面での恵まれなさと、文化における評価は、必ずしも一致しない。それでも、不遇をかこっているのだから、せめて愚痴のひとつでも言いたい。そんなささやかな願いすら叩かれるありさまである。
世間が求める「清潔感」の正体
私事で恐縮だが、私は3年前まで勤めていた前任校では、しばしば学生に間違えられていた。若作りしているわけでも、若々しいのでもなく、単に貫禄がないだけである。そんな私が大学でいつも念じているのは、「無害な存在に見えていればいい」という一心である。
空港の手荷物検査を思い浮かべよう。ポケットを空にし、両手を広げ、ブザーが鳴らなければ「通過」できる。46歳の私のような中年男性にとって、日々の服装やアイテム選びは、ファッションというより、パッと見て「無害認定」してもらえるかどうかの、ちょっとした関門にほかならない。先に挙げた「安全なサンドバッグ」だと見過ごしてもらえさえすれば良いのである。
「無頓着な、安全パイのおじさん」に見られたい時のキーワードが、「清潔感」だろう。では、その「清潔感」とは何か。自戒を込めて言えば、見誤ってはいけないのは、世間がおじさんに求める「清潔感」が、決して好意のサイン(モテたい、かっこいい)ではなく、「マイナスがない=警戒しなくていい」という、ただの安全確認に過ぎないという点である。

