発売前から増刷!春樹ブランドの驚異

今年の出版界の最大の話題作といえば、村上春樹の5年ぶりの長編である『1Q84』だ。初版は1巻20万部、2巻18万部だったが、予約が相次いだため、発売前に増刷が決定。その後も増刷を重ね、発売後12日間で計100万部を達成した。これはミリオンセラーの最短記録だという。

どうして異例ともいえる売れ行きを見せたのか。

「『1Q84』の文学的価値が評価されたから」という理由では、発売前から予約が殺到したことの説明がつかない。作品が世に出る前から注目を集めたのは、「村上春樹」というブランドがなせるわざだと考えるべきだろう。

ブランドは、いまや製品やサービスの売れ行きを大きく左右する要素の1つになっている。ただ、かつてはそう捉えられていなかった。ブランドは製品やサービスを他と識別するためものであり、伝統的なマーケティングにおいては、せいぜいプロダクトの下位変数という扱いしかされていなかった。

ブランドの意味づけを大きく変えた立役者が、デービッド・A・アーカーだ。従来は識別手段にすぎなかったブランドを、アーカーはエクイティ(資産)と位置づけ、戦略的にマネジメントする必要があると説いたのだ。

村上春樹の「ブランド・エクイティ」構造
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村上春樹の「ブランド・エクイティ」構造

ブランド・エクイティという概念の登場で、企業のブランド戦略は180度変わった。まずブランド・マネジメントのスパンが長期化した。アーカー以前の1980年代の米国は、MBAマネジメントの全盛期。ブランド・マネジャーは短期間に成果を出すことを求められ、ブランドの育成より、ブランドを消耗して利益を捻出することに終始せざるをえなかった。しかし、ブランド・エクイティの概念の登場で、長期的なスパンでブランドを育てる発想が生まれた。

所詮はコストの1つであり、少なければ少ないほどいいと捉えられていたSP(販売促進)費・広告費などのコミュニケーション・コストも見直しが進んだ。ブランドが資産であるなら、長期的なブランド構築に寄与する広告費は資産を増やすための投資となる。POPやバックマージンといった目先の売り上げを伸ばすためのSP費は、アーカーの登場により広告費に置き換わっていった。