AIリスクに警告を発した教皇レオ14世

これまで「占い師」は相談役として重宝されてきた。占い師は基本的に赤の他人で、その面で気軽に相談できる。相談する側の人間関係とは接点がないので、秘密保持も十分に期待できる。

しかし、占い師は商売であり、延々と相談に乗ってくれるわけではない。料金を支払えば、それも可能かもしれないが、1人の占い師が答えられる範囲もどうしても限られてくる。

生成AIのほうは、これまで人類が蓄積してきた膨大な情報にアクセスできるわけで、質問者に対して提示できる選択肢は無限大である。この点でも、人間は完全に負けている。

先日のAIをめぐる居酒屋談義でも、会議の際に、まず「AIは何と言っている」と部下に尋ねる上司の話題が出た。これも人間が、相談を受ける側としてAIに負けていることを示している。その面で人は、「AI以下」になってしまったのだ。これは大変な事態である。

そこに深刻な危機感を抱いているのが、昨年就任したローマ教皇、レオ14世である。

教皇は、自分の重要と思える考えを「回勅かいちょく」という公開書簡の形で発表するが、5月25日に、「マニフィカ・フマニタス」という初めての回勅を公表した。タイトルを直訳すれば「人間らしさの崇高さ」を意味し、副題は「AI時代における人間の尊厳の擁護」だった。

重要文書「回勅」を公表するローマ教皇レオ14世(2026年5月25日、バチカン・バチカン市)
写真=EPA/時事通信フォト
重要文書「回勅」を公表するローマ教皇レオ14世(2026年5月25日、バチカン・バチカン市)

宗教の存在意義を奪うAIの“賢さ”

カトリック教会では、在任中の教皇の発言には、神による霊感が働いており、間違うことはないとされている。

その回勅では、生成AIが人間を支配する権力になっていて、一部の人間がその技術を独占することで、社会的な格差を広げていることが指摘されている。「AIが賢すぎること」より、「人間が判断を手放すこと」が危険であり、これまで宗教が扱ってきた「生と死」の問題については、“絶対にAIに委ねてはならない”というのである。

ローマ教皇は、AIが進化し、それだけ社会を変えることに危機感を抱いているわけだが、もっと身近なところでも、教会の危機は進行しているはずだ。

これは、カトリック教会の神父だけではなく、あらゆる宗教の聖職者全般にいえることだが、これまで、そうした人々は共同体における相談役を果たしてきた。日本であれば、地域にある菩提寺の僧侶がその役割を果たしてきた。それが、宗教が存在する意味でもあった。

ところが、生成AIが人間から相談役の地位を奪ってしまえば、聖職者は不要になる。

それは、宗教そのものの存在意義を失わせることにつながる。教皇が強い危機感を抱くのは、本質的にはそうした事態を踏まえてのことであろう。それは宗教家だけではなく、人類全体におよんでいく可能性があり、その影響は計り知れないのだ。