リモート世代にとってのリアル
【田中】これは人のことばかり言っておられず、私がかつて新人賞をもらった小説も、中学生の男の子がじっとうずくまっている場面ではじまりました。狭くて小さい、内向きの世界です。ただし、男の子がうずくまっていたのは、屋外でした。意図したかどうかはっきり覚えていませんが、ちっぽけな自分の存在が世の中に追い出され縮こまっている様子を、天井のない開けた世界の中で描きたかったのだと思います。外気に触れている感覚がその場面では必要だった。
いまの小説の多くは、最初から閉じられた空間にいる。リモート世代にとっては、それが切実でリアルなのかもしれませんが、古い世代からすると「もっと外へ出ろよ、風に当たれよ」と思ってしまったりもします。
【落合】私がVR作品の審査をするときも、似たようなことが起きています。コロナ禍以降、たしかに部屋の中でスタートする作品がやたら多くなりました。四畳半くらいの小さい部屋です。場面を閉鎖的な場所に設定すれば、外側の世界への怖さを表現することはもちろんできるわけですが、それだけではないような気がします。
部屋を採用するのは、それが日常的であり身近だからでしょう。世界へのインターフェースが「窓」ではなく「画面」になった結果、部屋にいながら世界とつながれるようになっています。以前はもうすこしオフィスやカフェではじまるものも多かったところが、このところ部屋が増えています。
どこにいてもみんなスマホを見ている
【落合】思えばカフェという開かれた空間自体も、もう機能しなくなっているのではないかと思います。カフェにいてもいまはみんなスマホを見ています。身体はそこにあるけれど、意識は別の場所にある。カフェという業態自体は健在ながら、以前のカフェとはジャンルが違っているのかもしれない。
それでいえば飲み屋も同様です。コロナ禍以降、飲み会が減ったのは周知の事実です。しゃべる場所が飲み屋ではなく、SNSとスマホになっている。スマホを使っている場所はどこかといえば、各々の部屋です。おもしろい話も恋愛も、部屋にいながら起こるものとなっているのかもしれません。

