責任が明らかにならないまま思考停止
自己責任という言葉は、表面的には筋の通った原則のように見えます。しかし実際には、それは責任の所在を明らかにするためではなく、責任を一方向に固定するために使われることも少なくありません。
現実の出来事は、ほとんどが様々な要因が絡まり合って引き起こされています。たとえば失業一つを取っても、本人の判断だけでなく、景気や企業の状況、家庭事情や健康状態など、複数の要因が重なっています。それにもかかわらず、「転職に失敗したのは自己責任だ」と言われた瞬間に、その複雑さは切り落とされ、責任は一人に集中してしまいます。
このとき自己責任という言葉は、問題を説明するものではなく、むしろ説明を打ち切る言葉として機能しています。本来であれば、「なぜその選択しかできなかったのか」「なぜ失敗が深刻な結果につながる制度になっているのか」といった問いが続くはずです。しかし、「自己責任」と言われた瞬間に、それ以上の検討は不要であるかのように扱われてしまいます。つまりそれは、責任を明らかにする言葉というより、思考を止める言葉なのです。
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