家庭のグレーゾーンへの「無機質な介入」

「暴力を振るった事実は重く、監督を続けることは許されない」との巨人軍の山口オーナーのことばもまた重い。けれども、人間関係にはあやがあり、親子でしかわかりえない感覚は、どこの家庭にも必ずある。「巨人軍は常に紳士たれ」が不文律であるのと同じように、あらゆる家庭にもある。

ロシアの文豪レフ・トルストイは、名作『アンナ・カレーニナ』の冒頭で「幸せな家庭はどれもみな同じように見えるが、不幸な家庭にはそれぞれの不幸の形がある」と書いた。今回の阿部氏の事件は、まぎれもなく「不幸」のひとつであり、その形はそれぞれと言うほかない。それぞれの不幸の形に、AIが介在するようになったのである。

家庭はグレーゾーンであり、余人には計り知れないし、立ち入るべきでもない。それだけ、というか、親子のトラブルだけであれば、よくある、とまでは行かないものの、それでも、あくまでもプライベートな話にとどまる。

それなのに、いや、だからこそ、私たちは、この事件に驚愕したのではないか。この「不幸」に、人間同士の、親子の間のいさかいにとどまらず、無機質なAIが介在していた。そのインパクトを受け止めきれていないのではないか。

ひとりの父親として涙を抑えられなかった

だからといって、AIをなるべく使わないようにしよう、といった優等生的な回答は、欺瞞ぎまんが過ぎよう。良くも悪くも、ここまで普及し、私たちの日常生活に入ってきている以上、いまさら禁止にするわけにはいかない。もはや「AI以前」に戻れない以上、うまく付き合うしかないが、それもまた学級委員のように面白味のない答え方に過ぎない。

では、どうするべきなのか。

お恥ずかしい話だが、私は、今回、阿部氏の「長女の手紙」を読み、娘を持つひとりの父親として涙を抑えられなかった。いや、そんな同情とか、憐憫とか、そういった適当なことばを見つける前に、涙が流れてきていた。

私たちがこれからAIとの付き合っていくためのヒントは、こうしたこらえきれない感情の中にあるのではないだろうか。

生成AIはプロセスをスキップし、あたりさわりのない最適解を瞬時に提示してくれる。しかし、人間の感情や家族のつながりは、本来、理不尽で、不可解で、非論理的だ。だからこそ、「説明しきれない感情のやり取り」から逃げてはいけないのではないか。そこに、AIと共存するための人間らしい知恵があるのではないか。

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