「AIの助言通り」に通報したことへの困惑
私自身を振り返っても、ChatGPTをはじめとしたAIの助力を求める場面は多い。つい数日前にも、生成AIにばかり相談する娘(11歳)について、どう対応すれば良いのかをChatGPTに相談したところだった。
阿部氏の長女がどれくらいChatGPTを頼っていたのかは、わからない。先に触れた「手紙」のなかで「父とのこのような大がかりなけんかというのは初めてのことであり」と前置きしているところから推測すると、少なくとも今回の通報にあたって、家族でも友だちでもなく、まっさきに助言を求めた相手(のひとつ)だったのは間違いない。
私たちが驚きを禁じ得ないのは、まさにここではないか。
親子関係という、最もプライベートな話題について、直接、父親に不平不満を訴えるどころか、さらには祖父母や親類といった家族でも、あるいは、学校の教師でもない、人工知能に相談した。それだけではない。「匿名で相談できる児童相談所というものがありますよ、という形での説明書きがなされ、お電話をさせていただきました」(「長女の手紙」より)として、行動に移したところに、私たちは困惑を隠せないのではないか。
「警察が来て一番驚いているのは自分自身」
最近の若者はコスパやタイパを重視する、と、しばしば喧伝される。ひょっとすると、阿部氏の長女が今回、生成AIを頼ったのもまた、この感覚に基づくのかもしれない。重要なのは、事実として、彼女がまっさきにChatGPTに「相談」したところであり、さらには、その「相談」を真に受けて、というか、そのままに児童相談所に電話したところである。
ここには、何かを短縮するとか、効率良く対応しよう、といった感覚すら見えない。阿部氏の長女を批判したいわけでは、まったくない。そうではなく、生成AIとは、そもそもそうしたものにほかならない。
思考のプロセスをすっ飛ばし、あたりさわりのない結論だけを、すぐに示す。それこそがChatGPTの存在意義だからである。相談を持ちかけた側を批判しない。児童相談所とは異なり、秘密は守る。こういった特徴が、気軽な相談相手としてはうってつけだからである。
「長女の手紙」によれば、「警察が来て一番驚いているのは自分自身ですし、父が警察に連行された姿を見て、目前で私は泣き崩れてしまいました」と明かしている。仮に、彼女が父親に何らかの罰を与えようとか、こらしめてやろうと考え、その過程を省略しようと考えたのだとしたら、泣き崩れるはずがない。
彼女はコスパもタイパも意識せず、ただChatGPTに(気軽に?)持ちかけ、おそらくはいつも通り、瞬く間に簡単な答えを示してきたから、それに従ったに過ぎないのかもしれない。いや、そんな邪推を重ねたとしても、無益だろう。それよりも、事実として、阿部氏は、生成AIをきっかけに辞職した。その点にこそ、着目しなければならない。

