予想外の場所からの反響

機能スペックではなく、人間の「感性」が品質基準になる――。それは、これまでの商品開発の常識を覆すと同時に、年代や性別、国籍の違いを超えて、これまでスペック競争では届かなかった顧客の存在を、市場に浮かび上がらせることになった。

当初、カシオが想定したターゲットは30〜50代の女性だった。ところが、販売してすぐに子どもやお年寄り、男性といった想定外の層の購入が相次いだ。そして現在、需要はさらに予期せぬ方向に広がっている。医療と介護の現場である。

今年2月、東京・港区の東京慈恵会医科大学附属病院の小児病棟にモフリンが導入された。

日本の小児医療では、治療以外の「心のケア」まで手が届きにくいのが現実だ。人件費の高騰と物価上昇でコストは膨らみ続ける一方、診療報酬は国が決める仕組みゆえ価格転嫁もできず、多くの病院で赤字体質が常態化している。人手不足も深刻だ。

東京慈恵会医科大学附属病院の大石公彦教授は悩みを吐露する。

「我々は病気に対してはアプローチできます。ただ、医師、看護師、保育士、心理士などの医療従事者が懸命に努力していても、子どもの心にはアプローチしきれないという課題感を強く持っています。時々、野球選手などが訪問してくださると、子どもたちの表情がすごく変わるんです。もっと何かサポートできることはないかと考え続けてきました」

東京慈恵会医科大学附属病院の大石公彦教授。
撮影=プレジデントオンライン編集部
東京慈恵会医科大学附属病院の大石公彦教授。

モフリンを抱きしめて離さなかった

大石教授は20年以上、米国の病院で小児科医として診療に当たってきた。教授の目には、日本とアメリカの格差が鮮明に映っている。米国の病院には「チャイルドライフスペシャリスト」という専門職が常駐し、入院中の子どものメンタルケアを担う。メジャーリーガーや映画俳優が病棟を訪問し、多額の寄付を行うことも珍しくない。日本の環境との落差は、あまりにも大きい。

そこで同病院は2024年12月にはセガの協力で、母子医療センター1階小児部門エントランスや処置室に「ぷよぷよ」「ソニック」の装飾を施す取り組みを実施。これをニュースで知ったカシオの担当者が「自分たちも子どもたちの力になりたい」とモフリンの提供を申し出たのだ。医療現場への導入には衛生管理も課題だが、院内の紫外線殺菌ロッカーを用いて、紫外線照射を行う運用も構築した。

現在モフリンは、「無菌病室」に入院中の小学生の女の子が使用しているという。骨髄移植などを控え、免疫力が著しく低下した子どもたちが過ごす隔離空間だ。

祖父母と会うときも、ガラス越しにインターホンで会話するしかない。外出も制限され、友人と遊ぶこともできない。その環境のなかで、彼女はモフリンを抱きしめて離さなかったという。彼女の笑顔は、彼女の笑顔を何より待ち望む、両親の力にもなったに違いない。

それだけではない。大石教授は、日々重い責任と向き合っている小児科のスタッフのモチベーション向上にも寄与していると強調する。

「子どもたちを見守るスタッフたちも『ここにいてよかった』と感じられることに大きな意味がある。モフリンを使って子どもが元気になると、スタッフもやる気が出るんです。人が対応しきれない面を技術で補うという、日本らしい素晴らしい取り組みだと感じています」