SNS上でデマが拡散すると“利益”になる
度重なる注意喚起にもかかわらず、SNS上のデマの拡散が収まる気配がない。
京都府で起きた痛ましい児童遺棄事件では「加害者は中国籍の男性だ」というデマが盛んに飛び交い、4月20日に三陸沖で起きたM7.7の地震においても「人工地震が起きた」という主張が散見された。
こうしたデマが止まない原因は、メディアリテラシーの不足にあるとする指摘は多い。または、注目が金になるという現象、すなわちアテンション・エコノミーの弊害だとする主張もよく聞こえてくる。いずれも妥当な指摘だろう。
しかし、原因は他にもある。なぜならば、デマやフェイクニュースを信じることそのものが、非常に大きな利益をもたらすからだ。人々はそれらを信じることで「人生の目的」や「仲間との連帯」といった、かけがえのない利益を得ているのである。反対にいえば、信じることをやめた途端、これらの大切なものを失うことになる。
「哲学のノーベル賞」の理論で読み解く
メディアリテラシーの不足を原因とする見方は、情報を提供する側と受け取る側という、一方向的な図式から見えてくるものだ。しかし、それだけでは本質を捉え損ねる。ここには、互いにモノとモノを交換するという、双方向的な関係性がある。
つまり、デマを含んだ暴論・極論を提供する側は「金銭的な利益」や「承認」を獲得し、それを信じる側は「人生の目的」や「仲間との連帯」を受け取るという「交換」が成立しているのである。
こうした交換のあり様を考えるうえで示唆的なのが、哲学者・柄谷行人氏の交換様式論だ。哲学のノーベル賞ともいわれるバーグルエン哲学・文化賞を柄谷氏が受賞したことが示唆するように、交換様式論は大変にユニークかつ可能性に満ちた論だ。本来、「交換」に注目して世界を読み解くものであるが、SNSもまた過剰な交換がなされる社会である以上、十分に応用可能だと考える。
以下、その応用のために、筆者が再解釈・再整理した交換様式論および、実際に応用を試みた新刊『SNSと交換様式 しらけるという倫理にむけて』(春秋社)をもとにし、複雑な同論のごく一部を可能な限りかみ砕きながら記述していきたい。


