「苦手意識」の刷り込みも要因に

歴史上、著名な数学者はほとんどが男性です。このことから、スタンフォード大学のキャロル・S・ドゥエック教授は、女子生徒が数学の試験を受ける前に「有名な数学者には天賦の才能がある」、もしくは「天才数学者も努力して成功した」のどちらを聞くかによって成績が異なるかどうかを調査しています。その結果、より優秀な成績を修めたのは後者でした。

失敗を経験したとき「数学には才能が必要」と信じていると「私には才能がないから、理系には向かない」という思い込みにつながってしまいます。逆に努力が必要だと感じている学生なら挫折に耐えて継続していこうという気持ちを持つわけです。

こう考えていくと、理系に進学する女子が少ない原因を脳の構造などをはじめとする男女の性差に求めるのではなく、社会的なバイアスについても考える必要があることがわかります。

数学のテストの前に大学生の2つのグループの一方に「男女の成績は変わらなかった」と教え、他方には「男女により試験の成績に差があった」と伝えると、前者の男女の成績はほぼ同じだったにもかかわらず、後者の女子は男子より成績が落ち込んだ、という実験結果もあります。「女子は数学が苦手」という誤った思い込みが、精神的・心理的な影響を与えます。そんな“劣勢のスティグマ”が進路を狭めてしまうのです。

私が翻訳を担当した『なぜ理系に進む女性は少ないのか?』のなかで、米ウィスコンシン大学のジャネット・シブレイ・ハイド教授らは、男女の違いについて、「異なるというよりはずっと似ている」と結論づけています。男性と女性という二項対立で捉えるのではなく、それぞれの個性を尊重する視点を持つことが重要です。

私が所属する東北大学は100年前、日本ではじめて女子学生を受け入れました。黒田チカ、丹下ウメ、牧田らくの3人はいずれも理学部の学生。日本初の女子大生は「理系女子」でした。歴史の節目に、男女のどちらにもある「無意識のバイアス」について考えてもらえればと思います。

大隅典子
1985年東京医科歯科大学歯学部卒。89年同大学院歯学研究科修了。歯学博士。89年同大学院歯学研究科助手、96年国立精神・神経センター神経研究所室長を経て、98年より東北大学大学院医学系研究科教授(現職)。訳書に『なぜ理系に進む女性は少ないのか?―トップ研究者による15の論争』(西村書店)。
(構成=山川 徹)
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