別人格が現れる
通信制の高校を卒業した佐藤さんは、教育大学に推薦で入学。
ところが、うつ病が悪化する。
「私は10代の頃、友だちが全くいませんでした。22歳の時に診断されて分かったことなのですが、私はアスペルガー症候群という発達障害を持っていたのが大きいかもしれません。人の気持ちがわからないのです。友だちと遊ぶことより本を読むことのほうがはるかに楽しかったのです。そうすると、“イジメ”に限りなく近い“イジリ”がありました。なぜバカにされなければいけないのかわかりませんでしたが、苛々したり、悲しく思ったり、自分には誰もいないのだと思ったりしました」
アスペルガー症候群とは、知的・言語の遅れがない発達障害(ASD:自閉スペクトラム症)の1つだ。対人関係の構築、空気を読むこと、コミュニケーションが苦手な一方、特定の分野への強いこだわりや高い集中力を持つ特徴があると言われる。
佐藤さんは、アスペルガー症候群だったがために、「頑張らなければいけない」「出来損ないなのだから人よりも努力しなければいけない」という思いで自分を追い込んでしまった。そのことが「うつ病」という2次障害を発症した原因となった可能性もある。
LGBT(性的少数者)である自分への悩み
さらに佐藤さんの場合、LGBT(性的少数者)である自分への悩みもあった。
「私は小さい頃からずっと、『自分は普通じゃないんだ』と思い詰めていました。どんなに女の子と仲良くしても、可愛いなと思っても、自分が目で追うのは男性でした。自分がゲイであることを、成人するまで誰にも言えませんでした。それは正直つらかった。周りに嘘をついている罪悪感が毎日のようにあるのです。そして、男性を好きになっても、その思いは実らないし言えないことが悲しかった。なぜ自分は恋をしても意味がないのに恋をしてしまうのか、どうしてこんなふうに生まれてきたのか、呪いました」
通信制高校に転校しても、アルバイトをしても、大学に進学しても、友だちができない。そして卓球だけに集中してきた佐藤さんは、勉強の仕方がわからなかったために、次第に大学の講義についていけなくなっていく。
うつ病の症状もなかなか快方に向かわなかった。
「19歳の12月頃、自分で知らない間に学校に行っていたり、誰かに電話していたりしていて、『何かやばいな』と思っていたんですが、気がついたら精神科の閉鎖病棟にいました。どうやら、私じゃない別の人格が入院を承諾してしまったみたいなんです」
年明け9日頃に退院した佐藤さんは、大学生活に限界を感じ、5万円の現金とスーツケースに荷物を詰めて、上京した。
人生に絶望した末に
上京した佐藤さんは、ネットの掲示板で出会った男性の家に転がり込む。そして、すぐにパートナーができると、一緒に暮らし始めた。飲食店でアルバイトを始めると、少しずつ友だちができてきた。
「上京してから、本格的に自分で働いて生活していく中で、同じ目標や目的で動くことで仲間意識が芽生えることがわかりました。ゲイであることをカミングアウトするようになり、嘘偽りない自分をさらけ出し、受け入れてもらうことで、自分が素直になれることにも気づけました」
国語の教師になりたかった佐藤さんは、アルバイトでできた貯金を元手に、もう一度大学に挑戦。25歳で入学を果たしたが、やはり周囲に馴染めないばかりか講義についていけず、うつ病が悪化。睡眠薬依存症になってしまった。
「全然眠気が来なくて、睡眠薬を処方してもらえる最大量まで出してもらうんですが、『さあ寝よう』と思った時に飲みに誘われて……。帰宅したら部屋の鍵がなくて、酔っていたからか、『屋上からベランダに降りればいいや』と思って屋上から落ちて、両かかとと腰を折って救急車で運ばれました」
2カ月ほど入院し、歩ける状態になった佐藤さんは、大学を退学。上京後にできたパートナーとは33歳で別れ、その後に交際した相手ともうまくいかず、人生に絶望した佐藤さんは、36歳の12月、実家近くの日本で最も寒いと言われる町で、自分の人生を終了させようとしたが、できなかった(前編冒頭)。
人生で2度目の閉鎖病棟に入った佐藤さんは、精神科医から生活保護を勧められ、申請。(※生活保護は、憲法第25条に基づく生存権を保障する制度)
60歳を過ぎた両親はすでに食堂をたたみ、市営住宅で年金暮らしをしていたため、佐藤さんを援助できるほどの余裕はなかった。

