「働けば稼げる時代」はとうに終わった

一方で、介護や運輸、外食といった分野は慢性的な人手不足に陥っていて、中には賃上げや待遇改善を打ち出している企業も確かにある。

しかし、これらの業界はもともと利益率が高くないうえに、価格競争や制度上の制約もあって人件費の上昇分をそのまま価格に転嫁することが難しい。だから、大幅な賃上げには踏み切れないのだ。

だから社会全体として見れば、賃金の伸びは緩やかであり、少なくとも物価上昇に見合うほどには上昇していない。むしろ実質的な購買力は目減りしている、というのが今の日本の実情だ。

貴重な労働力を提供しているにもかかわらず、十分な賃金を得られないのであれば、暴動が起こったって不思議ではないと思うのだが、日本人はその状況にひたすら甘んじている。

また、「たくさん働けばたくさん稼げる」時代はとうに終わったことを十分わかっていても、ほとんどの人たちはたくさん働くことをやめようとはしない。

税をモノではなく貨幣で納めるようになり、すべての人が「お金を手に入れなければならない存在」になった時点で、「働くこと」は「お金を稼ぐこと」とほぼ同義になったことは第1回で話した通りである。

それでも「働かない」を選べない理由

その後、資本主義が本格的に拡大するにつれ、かつては地域や共同体の内部で完結していたことも含め、ありとあらゆる機能が次々と商品化され、お金が介在するサービスとして販売されるようになった。

今や教育も医療も住居も老後の生活も、ほぼすべてが貨幣を介してしか確保できない。たとえ自給自足に近い生活をしていたとしても、お金を一切持たずして生きるのは少なくとも日本のような国では不可能だろう。

池田清彦『人はなぜ働かなくてもいいのか』(扶桑社新書)
池田清彦『人はなぜ働かなくてもいいのか』(扶桑社新書)

こうなると、とりわけ資本を持たない人々にとっては、「お金を稼ぐために働く」ことの拘束力はより一層強くなるので、「働かない」という選択肢など選びようがないのだと見ることもできる。

しかし、本当にそれだけが理由だろうか。

むしろそれ以上に、農耕が始まって以来人間の脳に染み付いている「働いてお金を得ることが善であり、働かないことは悪である」という倫理観のほうが大きく影響しているのだと私には思えてならない。

つまり、十分に報われないことがわかっていても人がたくさん働くことをやめないのは、単に経済構造の問題だけではなく、長い歴史の中で内面化された価値観に強く拘束されているからなのかもしれない。

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