孤立した池に住む魚は、どこから来ているのか。総合研究大学院大学統合進化科学研究センター教授の渡辺佑基さんは「人の手によって放流された例もあろうが、それでは説明のつかぬ山奥の池の魚も無数にいる。有力な説は鳥が運んでいるというものだ」という――。

※本稿は、渡辺佑基『鳥は飛びながら眠る』(中公新書)の一部を再編集したものです。

孤立した池に魚がいるのはなぜか

魚の多くは子育てをせず、夥しい卵を産みっぱなしにする。生まれた仔魚しぎょは大方捕食されたりむなしく野垂れ死んだりするが、一部が逞しく生き残って成長し、やがて親になる。

哺乳類や鳥とは正反対の、しかしそれはそれで理に適った繁殖戦略である。世界中の海や川や池や湖にあまねく魚が住み着いているという事実が、戦略の正しさを雄弁に物語る。

「あまねく」と今言ったが、本当にそうだ。一見すると魚なぞいそうにない住宅地の溜池や山奥の孤立した池にも、ほぼ必ずコイやフナなどが泳ぐ。アフリカや南米の一部の地域では、毎年雨季にだけ形成される水たまりにすら、カダヤシ類という小型の熱帯魚が住み着く。

これらの魚は一体どこから来たのか。

なるほど幾匹かの開拓者が入り込みさえすれば、そこで世代が回るようになるのは理解できる。溜池のような異色の住処も、実はライバル不在の楽園であるかもしれない。雨季の水たまりに生きるカダヤシ類の例でも、最低限の雌雄ペアさえいれば、毎年干上がる前に卵を残せる。親が死に絶えても、乾燥に強い卵が生き残り、翌年の雨季を待って孵化ふかすることで世代が回る。

「鳥が運ぶ」という有力説

だが問題は、開拓者がいかにして新地に至るかである。魚は陸を歩かず、空も飛ばない。

人の手によって放流された例もあろうが、それでは説明のつかぬ山奥の池の魚も無数にいる。

じゃあどうやって? これは頭の体操クイズなどではなく、れっきとした生態学のミステリーだ。

あ、わかった! という声が聞こえてきそうだ。犯人は鳥だ、と。

そう、それが有力な説である。すなわちカモやハクチョウなどの水鳥が、魚卵を体に付着させたまま池から池へと飛ぶことで、知らず知らずのうちに魚の生息地拡大に手を貸しているという説だ。水鳥は潜水して底を漁ったり、水面に浮かんで頭だけを水中に差し入れたりする。だから水草に産み付けられた魚卵がくちばし、脚、羽毛などに付着するのは想像に難くない。

大きな池で泳ぐ雌のマガモ
写真=iStock.com/vandervelden
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いやそれどころか、いくら首を捻っても他の案が思い浮かばぬという声が大半だろう。実のところ、生物学や生態学の専門家でも本説を信じる向きは多い。意地悪な読者がおられれば、学校の生物の先生や博物館の学芸員をつかまえ、だしぬけに「なんで山奥の小さな池にまで魚がいるの?」と訊いてみてほしい。彼らは鳩が豆鉄砲を食ったような顔をし、うーんと思考をめぐらせた末にポンと手を叩き、「あれだ、鳥だ。水鳥の体に魚卵がくっついて運ばれるんだよ」と答えてくれるはずだ。