技術経営をきちんと行うことが肝要

日本企業全体を考えてみれば、戦略の進むべき方向はもうわかっている。地理的にいえば、グローバル展開の加速であり、アジア(とくに中国)を中心とした成長である。人口減少の国内市場でいくら内需の喚起をいってみたところで、将来は明るくない。そして、産業分野でいえば、環境であり、エネルギーであり、健康である。ただし、アジア市場では従来の産業も十分伸びる余地がある。それが狙い目でもある。

そして、そうした戦略的方向での展開を実際に成功させるための武器は何かという点についても、大方の企業にとっての答えは明瞭である。技術やサービスの高度化による差別化であり、イノベーションである。日本列島を先端技術の製品と工場のショーケースにするくらいの意気込みの、イノベーションへの努力が必要である。

こうした方向性そのものは、読者にも意外ではないだろう。鍵は、そうした方向への注力、ジャンプをどのくらい思い切ってやれるか、という点である。思い切りとは、躊躇を断ち切るという意味と、ジャンプの到達距離の遠さと、2つの意味である。「こわごわ」「そろりそろり」ではダメなのである。

昔から「カニは己の甲羅に合わせて穴を掘る」というが、この格言を今の日本企業には当てはめないほうがいい。穴とは戦略である。甲羅は自社の能力・資源である。今の日本企業はエセ理詰め経営がいきすぎて、「甲羅にぴったりした穴」にしすぎる傾向がある。それでは、穴の大きさが邪魔になって、甲羅が成長するための障壁になってしまう。カニの甲羅と企業の能力・資源は、ともに大きくなっていける。その能力成長プロセスを刺激するために、「思い切った」戦略、甲羅よりも大きな穴、が必要になるのである。

私はそれを昔からオーバーエクステンション戦略と呼んでいる。多少の無理を承知の背伸び戦略である。戦後の日本の高度成長期には、多くの企業がオーバーエクステンション戦略をとっていた。しばしば横並びで、自分がオーバーエクステンションをしているとも思わずに、やっていた。

オーバーエクステンションのよさの論理は、簡単である。背伸びした戦略を実行すれば、その実行プロセスで競争力の弱い場面が多少なりとも生まれてくる。そこで、競争の圧力の下で、現場でなんとかしなければという緊張が生まれる。それが、人々の学習を刺激する。そのうえ、現場での学習が一番濃い学習になる。結果として、企業の能力は伸びていく。そして、能力が伸びた後はじつはもともとのオーバーエクステンション戦略がもはや背伸びではなく、きちんと競争力をもって実行できる戦略となっている。

今は、改めて意識的にオーバーエクステンション戦略をとるべき企業がかなりある。とくにグローバル展開とイノベーションで、あえて無理を少しするのである。たしかにリスクはある。しかし、座して後退することを甘受するのは、経営の任にあるものが取るべき手段ではない。前進するリスクと座して後退するリスクと両方があるのなら、前進するリスクを取るべきであろう。

オーバーエクステンションの余地が、皮肉にも十分ある企業がじつは多い。この十数年、日本企業は内向きだった。だから、グローバリゼーションの波に乗り遅れ気味である。しかしそれは、グローバル展開の伸びしろがまだ残っているということでもある。

またイノベーションについても、日本企業はこの十数年、地道に研究開発投資を続けてきた。欧米よりも全体としてはきちんとやってきたといえる。しかし、それは技術蓄積だけに偏っていたようで、市場での活用はうまくない。技術経営が下手なのである。したがって、技術はある。イノベーションのためのオーバーエクステンションの余地はある。技術経営をきちんとすることが肝要なのである。

もちろん、「素朴に考えてやるべきこと」というのは、企業の置かれた状況によって異なるだろう。私は右で「日本企業全体としての」方向性については述べたが、企業によってはそれとは違う方向がいい場合もあるだろう。「人の行く裏に道あり花の山」は戦略の要諦である。

「素朴に考えてやるべきこと」は決して「みんながやること」ではない。

四の五の言わずに、挑戦する時期が来ている。かりに失敗しても、前向きの挑戦からは何かが残る。動かなければ、何も起きない。そして、何も残らない。