凄惨な事件にどう向き合うか
個人的な実感だけではない。先日、警視庁公安部による機械メーカー「大川原化工機」をめぐる冤罪事件を踏まえた反省を警察は進めている。今月9日には、勾留中に胃がんが見つかり、冤罪だと決まるまでに亡くなった同社の元顧問・相嶋静夫さんのご遺族が、警察庁の警察大学校で講義をした。
それは単なるポーズや儀礼ではない。ご遺族の方が「警察が変わろうとしてくれているんだなというのはひしひしと感じた」と朝日新聞の取材にコメントしているように、自分たちの汚点としか言いようのない失敗をただ見せかけだけで顧みるのではなく、実際の声を聞き、真摯に改善に取り組んでいるのではないか。
今回、「元警察官」の人たちが、テレビや動画で繰り出した「解説」や「コメント」は、果たして、こうした現場の警察組織全体の流れと、どこまで平仄を合わせているのだろうか。翻って、これを書いている私自身もまた、「元・記者」とか「元テレビ局員」として、現役の人たちを汚している恐れがある。
殺人が大きく減った社会のなかで、どんな立場で事件に向き合うのか。まかり間違っても「ミステリー」のように受け止めてはならないが、かといって、どうすれば良いのか。今回の一連の「元警察官」の動きは、「安全」な世の中ゆえの難しさを突きつけている。

