なぜ「元警察官」が求められたのか
あえて図式的にすれば、「親」による殺人にはそこまでの驚きを覚えないのに対して、今回の事件は稀なものであり、受け止めにくい。このギャップこそ、「元警察官」の「推理」が求められる土壌だったのではないか。存在感を増した「親」による子殺しまでは理解できるとしても、今度のように、行方不明だとして届けられたために出た多くの「謎」を解釈するために、「元警察官」が必要とされたのではないか。
数少ないものの、「現場」で取材をしてきた筆者の経験に照らすと、こうした「元警察官」の存在は、時にありがたい。たとえば、2008年に京都府舞鶴市で起きた女子高校生殺人死体遺棄事件でも、現場を見た「元警察官」にも私は取材し、その「推理」から学ぶ点もあった。
その反面、「現場」での実感や情報と、「元警察官」の経験や勘は、必ずしも一致しないので、かえって見通しを誤りかねない恐れもあった。2008年の事件では、発生から約半年後に被疑者として逮捕される男性が怪しい、という噂はあったし、「元警察官」からもそのように聞いていた。けれども、結果としてその男性は、裁判では無罪になった。
「ミステリー」として消費される事件
今回の事件でも、まだ警察に逮捕され、検察庁に身柄を送られたに過ぎず、有罪の確定はおろか、裁判すら始まってもいない。そうした状況なのに、いや、そうした状況だからこそ、「元警察官」は求められているのではないか。さらに言えば、事件をまるでミステリーのように消費するような雰囲気を「元警察官」が醸し出していたのではないか。
かつてTBS系列で放送されたドラマのタイトルになった「99.9-刑事専門弁護士」という数字は、日本における刑事裁判での有罪率を示している。裁判になれば、いや、逮捕段階で有罪=悪人、とする風潮が根強い。「元警察官」によるコメントは、かかる空気を助長したり、煽ったりしているのではないか。
一方で、私がこれまでに接してきた、そして、いまも職務上で接している「元」ではない現役の警察官は、煽動とは対極にいる人ばかりである。
