もちろん、現役時代の仕事ぶりは、人生の誇りとなる。一方で、いつまでもかつて所属していた組織に頼る意識のままでは、人生の「黄金期」であるはずの退職後の人生を十分にエンジョイすることは難しいのではないか。
たまたま、私にとって身近な大学関係者の対照的な生き方を取り上げたが、一般企業でも同じことだろう。
現役時代、一生懸命仕事をして、日々が輝いていた、というのは素晴らしいことである。問題は、組織や肩書に、自分の人生をすべて依拠させてよいかどうかということ。
退職して、1人になってから気づくのでは遅い。現役時代から、少しずつ「マインドセット」の準備をしなければ間に合わない。
肝心なのは、「空気を読みすぎない」ことだろう。人間の脳には、自分の置かれた文脈に合わせて機能を調整する働きがある。前頭葉の眼窩前頭皮質を含むネットワークが、空気を読んで、それに合わせるのである。
大切な脳の役割だが、一方で「過剰適応」の危険性もある。マジメで優秀な人ほど、会社という文脈に合わせすぎてしまう。仕事ができて、社内で出世するのはいいが、それだけだと、退職した後途方に暮れることになる。
「私は、会社を、定年で退職しまして」
会社を辞めて何年経っても、そのような挨拶を続けているようでは、人生がもったいない。空気を読みすぎる人、器用にこなしすぎる人は、気をつけたほうがいい。
私の尊敬する解剖学者の師にとっての昆虫採集のような、仕事からはみ出す部分を、現役時代から持つこと。忙しい日常の中でもワーク・ライフ・バランスを考慮し続けることが、退職後の人生へ向けての最高の準備となる。
(写真=AFLO)