まるでかまどで炊いたようなご飯ができあがる炊飯器。農薬を極力使わずに育てられた野菜。お金を払えばそういうものは簡単に手に入る。そう、いまは味も安心もお金で買えるのだ。逆に、お金がないといろいろなことを我慢しなければならない。
だから、みんな朝から晩まで必死になって働く。お金が生活を豊かにしてくれると信じて。
「これっておかしくないですか。だって田舎に行けば、本物のかまどで炊いたご飯や、自然のままの季節の野菜が当たり前という暮らしをしている人がいくらでもいるんですよ。しかも、燃料の薪は裏山から拾ってくればいいし、野菜は形の悪いものを農家から分けてもらえるから、お金はたいしてかからないんです」
本書は、NHK広島取材班の井上恭介氏のそんな疑問から生まれた。井上氏はリーマンショック直後、NHKスペシャル「マネー資本主義」シリーズの制作を手掛けるうちに、お金を回し、拡大や成長することでしか、しあわせになれないというアメリカ発の「常識」に世界が覆われていくことに強く疑問を持つようになる。
しかし、その常識を超えるものがあるのだろうか。ヒントが見つかったのは転勤先の広島だった。中国山地の山あいの集落や、瀬戸内海の小さな島では、大自然の恵みを享受しながら、ゆったりのんびり、それでいて都会の人たちよりもよほど人間らしい暮らしを送っている人たちがたくさんいた。
「里山という資源を利用すれば、お金に縛られず、もっと人間らしく暮らすことができることを、都会の人たちにも知ってほしい」
そう思った井上氏は、『デフレの正体』(角川oneテーマ21)の著者でもある地域エコノミストの藻谷浩介氏に協力を仰ぎ、里山の生活を番組化した。その過程で生まれたのが「里山資本主義」というコンセプトなのである。ただし、この里山資本主義というのは、これまでのマネー資本主義の否定では決してない。都会よりも田舎暮らしのほうがいいという単純な話ではないのだ。
たしかに田舎ならお金をかけなくても手に入るものはたくさんある。だが、そこには当然都会の便利さはない。お金で便利な生活ができるならそっちのほうがいいという人だっているだろう。大事なのは、里山資本主義というお金が万能ではない世界があることを知り、それを自分の人生にちょうどいい割合で取り込んでいくことなのである。
「都会でもやもやしながら生きている人にこそ読んでほしい」と井上氏。一読後もやもやが雲散霧消するに違いない。